【第372回】間室道子の本棚 『夕子ちゃんの近道』長島有/創元文芸文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『夕子ちゃんの近道』
長島有/創元文芸文庫
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本書は第一回大江健三郎賞受賞で、2006年の新潮ハードカバーも2009年の講談社からの文庫化も入手不可になっていた。このたび東京創元社からあらたに文庫化。というわけで今回は、実録「再読『夕子ちゃんの近道』。面白かった本を二十年ぶりに開いたらどうなったかを書いていこう。

おどろいたのは、夕子ちゃんにお姉さんがいたことだった。

舞台は西洋アンティークを扱う「フラココ屋」。主人公はその二階に無料で住まわせてもらいながらお店を手伝っている青年「僕」だ。

記憶では「夕子ちゃんは、フラココ屋ほかこのへん一帯の地主である大家さんの孫で美術の大学に通っており店の駐車スペースでいつも何か作ってる」だったのだが、制作していたのは、つまり美大生だったのはお姉さんの朝子さんで、夕子ちゃんは定時制の高校に通っていたのだった。そうだった。ふたりは双子みたいに似ている。でも姉のほうをさん付け、妹をちゃん付けで呼びたくなる雰囲気が姉妹にはある。

さらにご近所さんたちと日本を代表する施設に行ったことや、物語にフランス人女性がでてきたのもわすれてた。これで「本を読んだ」と言えるのか。頭を抱えてしまったが、じゃあ登場人物やその関係性、行った先を覚えていればいいのか。われわれは何をもって「読書した」と言えるのか。こんな自問自答も楽しかった。

もちろん覚えていたこともある。まずは「若くて貧乏な者の止まり木」。私はこの言葉が大好きだ。

「僕」の部屋は在庫置き場で、六畳に和箪笥、鏡台、食器棚、本棚があり、実質の活動範囲はたたみ一畳くらい。で、お店の常連である瑞枝さんが、「若くて貧乏な者のための止まり木」といったのだ。この言葉って、部屋を差すだけではないし、若くて貧乏限定でもないんだ、と再読で気づいた。

まずはフラココ屋そのもの。瑞枝さんはたいへんなことが起きた時、お店に電話してきた。夜中の三時に、である。二階には「僕」が寝泊りしているがこんな時間の店舗内固定電話。スルーされる可能性は高い。そして彼女には別居中とはいえ夫がいる。実家もあるはず。でも、ここに掛けてきた。それは、フラココ屋が心のよりどころというようなかっこいいことではない、と「僕」は考える。なぜなら自身もそうだから。

ほんとはどこにも連絡しなくたっていいのだ。そんななかの、「とりあえず最後に電話するならここ」ぐらいの感覚。「僕」はこれを、寂しい、と意識したけど、私は自由だな、と思った。二十年ぶん歳を重ねたこちらの変化かもしれないし時代の空気かもしれない。

誰も出なくてもいい、ただ、ピンチのときにベルを鳴らす場所がひとつある。現代都市生活者のフラットなかんじ。

さらに「僕」という存在。本書の最大の読みどころは、みんながてんでんばらばらなのに仲良しということ。忘れていたが(!)ラストのほうにずばりの表現があった。

「めいめいが勝手に、めいめいの勝手を生きている」。

で、それぞれがふと、寄っていくのが年長者の大家さんでも本書のタイトル夕子ちゃんでも”フラココ屋の店長で妻と三人の子供あり四十歳”のミキオでも縦横無尽な瑞枝さんでもなく、「僕」なのだ。彼は登場人物たちの止まり木なのだと思う。

夕子ちゃんは衝撃の事態になったことを付き合ってる人や家族ではなく「僕」に話した。同じく大家さんは孫姉妹の身の上を突発的に告げ、フランス人のフランソワーズはいきなり瑞枝さんはミキオの元恋人だったと言い、瑞枝さんは後日フランソワーズこそ店長の前カノ、と激怒。

そのあと会話が盛り上がるとかなにか相談されるとかさらなる打ち明け話がとかはなく、みんなちょっと「僕」にかまい、心をととのえ、それぞれに戻る。この絶妙な距離感は著者の長嶋有さんならでは。

あと、私は以前と同じところで笑うんだなとか(「僕」がある人を見て、「ドナドナ」を思い出すのだ)、令和になっても「お風呂のかきまぜ棒」ってこれ以外のネーミングがないなとか(ちなみに当店でヒアリングしたところ、今はこの用具をしらないどころか「三十九度」「四十三度」など温度をこまかく設定できるので、「お風呂は底からかきまぜて入る」自体をしない若者が大多数!)、二十年前も思ったけど「旧式の掃除機が卵のように半分に割れてる」をリカイできる人ってどれくらいいるんだろうとか、「わかる」と「かわる」がつぎつぎに。

みなさんも昔のお気に入りを再読してしてみませんか。自分と時代の変化が沁み入ります。
 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 、『プルースト効果の実験と結果』(佐々木愛/文春文庫)などがある。

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