【第373回】間室道子の本棚 『暗黒の瞬間』エリーザ・ホーフェン/東京創元社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
* * * * * * * *
 
『暗黒の瞬間』
エリーザ・ホーフェン/東京創元社
※画像をクリックすると購入ページへ遷移します。
 
* * * * * * * *
 
著者はドイツの法学者で、たぶん彼女自身の体験も入っている。こう書くと、同じくドイツの弁護士兼作家、フェルディナント・フォン・シーラッハを思いうかべる人もいるだろう。

かなり合ってる。両者とも、ハードでありながら読みやすく、意外な結末が待っている。違いをあげるなら、シーラッハが素描っぽくソリッドに文章を仕上げルポ的な読み味なのに対し、エリーザ・ホーフェンはもっと物語物語してる。油絵のような塗り重ね。絵具をはがした時どんなデッサンが隠れているか、それは読んでのお楽しみだ。

「お楽しみ」といったが「お苦しみ」でもある。書かれる事件にヤワなものは一つもない。主人公は六十代のエーファ。刑事弁護士歴三十年、成熟期を迎え、さあこれから、という今、キャリアに終止符を打とうとしている。彼女に、なにが。

このあとナンバリングが振られ、事件の見出しがでてくる。第1の事件「正当防衛」、第4の事件「塩」etc。通常の敏腕弁護士ものって、彼や彼女がヒーローっぽく事件を大逆転させる。でも本書でしんじがたいことをするのは原告や被告、事件関係者たちだ。裁判のなかで、あるいは判決が出たあとで、人々が暗黒の瞬間――タブーに足を踏み入れていたことがわかる。

それがまあ、読んだことがない荒技、執念、狡猾さ。その凄み。撥ねとばされる常識。本書の読み味の一つが、してはならぬことをする覚悟を決めた人間の強度である。紹介するのは第7の事件「強姦」。

海外の映画や小説に、「男の独身さよならパーティ」が出てくる。式をひかえた花婿を仲間が連れ出し、最後のハメはずしをさせてやるのだ。よくあるのはカジノで大バクチとかストリップ鑑賞とか朝までバーのはしごとか。でも本作の新郎を含む十一人の男たちは、応援してるサッカーチームのカラーにちなんで全員髪の毛を紫に染め、おそろいのTシャツを着てベルリンにくりだし、泥酔したあげくに十九歳の女の子をクラブのVIPルームで強姦した。

で、向いにあるケバブ屋の店主の話から、紫頭の一人が事件の時間の少し前にクラブからよろめき出てきて彼の店の前で吐き、そのまま帰ったことがわかる。

作者ホーフェン自身の体験も入っているだろうと書いたが、描かれるのは法律の壁だ。それは弱者の前にも立ちふさがる。

法治国家の基礎は「推定無罪」。はっきりクロだといえない限りは白とみなす。男たちは全員が「早く帰ったのは自分」と言い張ってる。娘はさんざん殴られたうえに目隠し状態でレイプされてたしケバブ屋さんにはゲロ吐き男が誰だったのかの区別がつかない。その場合、容疑者はみんな放免される。「無罪が一人が混じっている十一人」を刑務所送りにはできないのだ。で、この法の壁を崩したのは・・・。

今書いていてもこの人物の強度にたじろぐ。これを勇気、正義と呼ぶべきか。ほかにも賛否の判断をこえて、ただただうなり声をあげてしまうお話ぞろいだ。

そして冒頭で弁護士の職を辞そうとしていたエーファ。各話のところどころで彼女がシュテファン・ハインリヒという人物について、ものすごい屈託を抱えていることがわかる。本書のラスト、第9の事件が、「シュテファン・ハインリヒ」だ。この男に、なにが。

著者のミステリー作家としてのデビュー作だそうで、まいりました。脱帽。スタンディング・オベーション。なにをしてもたりない!!
 
 
* * * * * * * *
 
(Yahoo!ショッピングへ遷移します)
 
 
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 、『プルースト効果の実験と結果』(佐々木愛/文春文庫)などがある。

SHARE

一覧に戻る