【第374回】間室道子の本棚 『夜の恩寵』三浦しをん/集英社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
* * * * * * * *
 
『夜の恩寵』
三浦しをん/集英社
※画像をクリックすると購入ページへ遷移します。
 
* * * * * * * *
 
「テーマはカリスマ」と宣伝文にあるけどスーパースターとファン、教祖と信者といった、「かけはなれた一人対その他大勢」ではなく、本書のカリスマは家庭やバンド内などとても身近にいる。

私の考える裏テーマはまず、「身内の異常は案外慣れる」および「実家のパワー」。一話目の「神馬に乗る女」がそれを象徴している。

主人公の輝久は東京在住の二十九歳。できるだけ福井の家には近寄らないようにしてきた。でも父から、「お母さんがおかしいんだ」と電話がくる。

ひさしぶりのわが家の茶の間は異様なことになっていた。ものすごくたくさんのある物が壁にぶら下がっているのだ。父の話では、ほかにもいろいろとあるらしい。「母に会いに来た周辺の住民たちが置いていったもの」が。

で、輝久はお風呂に入ったあと、なんとなくへんなかんじに慣れる。

これにはシビれましたねえ。実家というものの力をよくあらわしてる。友人宅や親戚の家、旅先の旅館だったら、入浴したくらいで違和感は消えないだろう。でも実家だと呑み込める。あるいは実家がこちらを呑み込んでる。

そして物語が進むにつれ、輝久とお母さん喜久美の関係があらわになる。彼は彼女を信念にも似たかたくなさがうかがえるかんじで、「母」「母親」と言い続ける。で、ふいに名前で呼ぶ。そのあやうさ。

本話のラストに
「気持ちいいよ、と喜久美は言った。ちっとも怖くなんかない、と。そして俺に広い世界を教えてくれた」とあり、これは自転車を差してるんだけど、妙なエロティックさを読み取ってしまう。別な収録作で、このただならなさのてんまつが描かれる。

各話のキーは「夢」。私たちは日常に不具合がおきると「夢ならよかったのに」と考え、いい夢を見れば「ホントだったらなあ」と思う。でも本書にはどちらにしろたまらないものがでてくる。睡眠時にはもろもろが開放されると言うが、そんなものがあったと認めるのはおそろしいし、日中露呈したらさらにまずい、心の奥底。

そして闇は容易に光のもとに這い出る。目を閉じたまま見たものは実家みたいにわれわれを呑み込む。ラストのお話で輝久は、現実化した夢におそれおののくとともに、えもいわれず愛おしいと思っている。読者は悶絶するしかない。

神と人、愛と邪、夜の恩寵と目覚めた時の試練。その境目がゆるやかに、あらがいがたい魅力をもって溶け出す。経験したことのない読み味の五編。すばらしい。
 
 
* * * * * * * *
 
(Yahoo!ショッピングへ遷移します)
 
 
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 、『プルースト効果の実験と結果』(佐々木愛/文春文庫)などがある。

SHARE

一覧に戻る