【第375回】間室道子の本棚 『暗殺の冬』クリストフェル・カールソン 棚橋志行訳/文春文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『暗殺の冬』
クリストフェル・カールソン 棚橋志行訳/文春文庫
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スウェーデンのミステリーで、警察小説というより親子の物語に重きがおかれている。

地方の警官である大柄で実直なお父さんと高校のヒーローである一人息子。でも1986年の連続殺人が父親を痛めつけた。

二月二十八日、スウェーデン首相、オロフ・パルメが何者かに狙撃され死ぬ。アメリカや南米のような銃社会でもドンパチ大国でもない北欧で、国のトップが銃撃された。彼を支持してた/してないにかかわらず、誰もがショックを受け、起きたのは首都ストックホルムなのに町の警察署に電話をかけ、どうなっているのかと不安を訴える人が続出。

そんななかに混じって、「車の中で女をレイプした、ティアルプ農場の近くだ、またやる」という声が署に届く。首相暗殺の動揺は続いてるし夜勤は人が少ない。いたずらかもしれない。お父さんはひとりで向かった。で、林道脇にあった車の後部座席の、若い娘の無残な姿を発見した。

難航する捜査。そして犯人の予告どおり、二度目がおきる。

スピード違反とか酒場の乱闘とか家でスリコギで旦那殴ったら死んじゃいました的単純な殺人ではない。「怪物」と名付けられた男はお父さんの家に電話をかけてきて「俺が怖いか」と聞いたりする。ちょっと笑い、楽し気。ど変態である。でも父にも読者にもわかる。なんだろう、犯人のこの、心が凍ってる感じ。

「悪」には「正義」で対抗できるが、警官の真っ当さは「変」や「異常」に対抗できない。お父さんは打ちのめされる。傷ついたなんてもんじゃない、人生をかけた職業が、彼をずたずたにした。

親子の関係もまた複雑だ。父はほんとうに仕事ひとすじ。明日僕のサッカーの試合が、なんて聞いてもすぐ忘れてしまう。でも幼いころはよく警察知識を教えてくれたし、その頃一度、そして十代後半のある日も、現場に連れて行って作業を手伝わせさえしたのだ。

やがて息子は、警察官になる、と告げる。反対された。彼のみならず読者も仰天であろう。

警官って一族でなりがちな職業だし、同じ道を歩みたいと子供に告げられたら親はうれしいもんなんじゃないの?だいたいじゃあなんでいろんなことを教えたんだよ―。

でも、それが提供できるただひとつの話題だったんだ。そして後年の父は、息子に手伝ってもらわないと、という事態を抱えていた。

唯一のコミュニケーション手段であり命を懸けた職。それを一人息子の前で自ら否定する。こんな悲しい話って、ある?!

そして物語はとんでもない方向に行こうとする。古今東西のミステリーで「事件を追うのはもうけっこう。私たちをそっとしておいて」と言い出す人がたまにでてくる。わたしはそういう時、真相にたどり着かずにどうする!甘いぞ!と息巻いてた。でも本作で生まれて初めて、「もうやめて。真実なんてどうでもいい、お父さんのしたことを放っておいて!」と叫びたくなった。

おそらく今年の年末ミステリーランキングで相当いいところに行く感動作。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 、『プルースト効果の実験と結果』(佐々木愛/文春文庫)などがある。

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