【第376回】間室道子の本棚 『だれか、わたしを助けて』エリカ・クラウス 古屋美登里訳/亜紀書房
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『だれか、わたしを助けて』
エリカ・クラウス 古屋美登里訳/亜紀書房
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海外文学好きなら絶叫か放心のどちらかであろう。ハヤカワepi文庫の『いつかわたしに会いにきて』の衝撃から二十四年。エリカ・クラウスの最新短篇集である。読後私は、エリカ・・・とつぶやき空を見つめる日々。どうよ、この変わらぬみずみずしさ!
前作の古屋美登里さんの「訳者あとがき」でほんの一言ふれられていた、エリカが十代の頃日本で暮らしていたことについて、本作では冒頭にスペシャルエッセイがついている。そのなかに「どこにも属さないが故にどこにでも属せる自由」という一行があり、ハッとした。この精神が、本書全体を覆っている。とにかく「極寒の町」を読んでほしい。
ヴェラは二十二歳の女性でたいへんなべっぴんさん。シベリアのサハ共和国にあるオイミャコンの町長さんをしている。まあ、若いのに、とおどろくのはまだ早い。なんと彼女は十五歳からこの職に就いている!
サハの祖先の多くは、大粛清、飢饉や法律違反、過去の過ちから逃げてきた人々だ。今も何人かはそう。権力側もここまでは追いかけてこない。鳥が飛びながら凍死し、プラスチックがこなごなになり、鉄が裂け、素手でドアノブを握ったらアウト、車のガス欠やエンジン故障は凍死を意味する場所なのだ。
ママはヴェラが赤ん坊のころ消えた。パパも七年前にいなくなった。母は戻るかもしれない。父は動かない。だから彼女はこの町にいる。
このあたりで唯一英語ができ頭もいいヴェラは、パパの町長職を継ぎ(十五歳での就任はそういう理由)、大人たちを助け、まとめ、給料未払いの件でロシア政府と交渉もする。みんなのためにも町を離れるわけにはいかない。
そんなある日、アメリカから若い男がやって来た。
並外れたユーモアのセンスで並外れた孤独を描く著者エリカ・クラウスは、あられもない切実さで読み手の心に手を伸ばす。数行読むごとに立ち止まり、胸のあえぎを鎮め、心をととのえてまた前進する。そんなドラマチックな読書って、なかなかない。「極寒の町」のラストに押し寄せる胸の痛みは、マイナス六十度の町で呼吸し、生きてる人々の愛と命をわれわれに体感させる。
でもこれは、あきらめの話ではない。青年との出会いで、ヴェラの理由が逆転してることに読者は気づくだろう。
ママはもう戻らない。パパは今も共にいた。だからわたしはここで生きる――。「どこにも属さないが故にどこにでも属せる自由」を彼女は手に入れたのだ。
繊細な心のすくい上げと、劇的な展開。短篇小説に求めるすべてがここにある。古屋美登里さんの訳が素晴らしすぎる!!
前作の古屋美登里さんの「訳者あとがき」でほんの一言ふれられていた、エリカが十代の頃日本で暮らしていたことについて、本作では冒頭にスペシャルエッセイがついている。そのなかに「どこにも属さないが故にどこにでも属せる自由」という一行があり、ハッとした。この精神が、本書全体を覆っている。とにかく「極寒の町」を読んでほしい。
ヴェラは二十二歳の女性でたいへんなべっぴんさん。シベリアのサハ共和国にあるオイミャコンの町長さんをしている。まあ、若いのに、とおどろくのはまだ早い。なんと彼女は十五歳からこの職に就いている!
サハの祖先の多くは、大粛清、飢饉や法律違反、過去の過ちから逃げてきた人々だ。今も何人かはそう。権力側もここまでは追いかけてこない。鳥が飛びながら凍死し、プラスチックがこなごなになり、鉄が裂け、素手でドアノブを握ったらアウト、車のガス欠やエンジン故障は凍死を意味する場所なのだ。
ママはヴェラが赤ん坊のころ消えた。パパも七年前にいなくなった。母は戻るかもしれない。父は動かない。だから彼女はこの町にいる。
このあたりで唯一英語ができ頭もいいヴェラは、パパの町長職を継ぎ(十五歳での就任はそういう理由)、大人たちを助け、まとめ、給料未払いの件でロシア政府と交渉もする。みんなのためにも町を離れるわけにはいかない。
そんなある日、アメリカから若い男がやって来た。
並外れたユーモアのセンスで並外れた孤独を描く著者エリカ・クラウスは、あられもない切実さで読み手の心に手を伸ばす。数行読むごとに立ち止まり、胸のあえぎを鎮め、心をととのえてまた前進する。そんなドラマチックな読書って、なかなかない。「極寒の町」のラストに押し寄せる胸の痛みは、マイナス六十度の町で呼吸し、生きてる人々の愛と命をわれわれに体感させる。
でもこれは、あきらめの話ではない。青年との出会いで、ヴェラの理由が逆転してることに読者は気づくだろう。
ママはもう戻らない。パパは今も共にいた。だからわたしはここで生きる――。「どこにも属さないが故にどこにでも属せる自由」を彼女は手に入れたのだ。
繊細な心のすくい上げと、劇的な展開。短篇小説に求めるすべてがここにある。古屋美登里さんの訳が素晴らしすぎる!!

代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 、『プルースト効果の実験と結果』(佐々木愛/文春文庫)などがある。
