【第377回】間室道子の本棚 『傾斜のマリア』恩田陸/双葉社
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『傾斜のマリア』
恩田陸/双葉社
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シリーズものを紹介するとき私は、「ここからいきなり読んでも大丈夫」という作品を選んできた。それが書き手の親切心と力量だと思っている。「これは四作目だけど、一、二、三を読んでからじゃないとダメなの?」では読者が手に取るハードルがあがってしまうのだ。
でも、でもですよ!今回初めて例外。『MAZE』『クレオパトラの夢』『ブラック・ベルベット』と続いてきたシリーズの四作目に当たるこの『マリアの傾斜』は、できたら前作『ベルベット』はマストで(できたらとマストを一緒に使うのはまちがってるとわかっております)読んでほしいし、その前の『クレオパトラ』にも手を伸ばしていただければなおよし。この際一作目の『MAZE』も、と言いたい。
物語の理解度ではなく読み味の問題。それだけシリーズの主人公、神崎恵弥(めぐみ)は複雑な魅力に満ちている。『MAZE』登場時の彼は四十歳前後。本書ではおそらく半ば。職業は、あるものの「ハンター」。
温厚だけどエキセントリック。襲いかかってきた大男の後ろに回り首筋にすばやくナイフを当てることができる。でも暴力沙汰って生産性がないし面倒なので知恵と交渉で事態を乗り切るほうが好き。端正な顔立ちは人を魅了した次の瞬間、すさまじい酷薄さを浮かべていたりする。使うのは女性言葉。バイセクシュアルだからというより、団体行動優先で論理構成能力が低く目上を立てなきゃならない男性優位な日本で、「目的を達成するための戦略」として。
どうです!彼がどうやって形づくられ現在の状況と心境までたどりついたか、知りたくないですか??
閑話休題、何度か書いていることだが作者・恩田陸さんは気配の作家である。これが起きてます、の裏回しで「何かが起きそう」を書ける作家。
ぐずぐずしてないし、もったいぶってもいない。ねたが1個しかない作家がよくやる(!)「アア、アノ時アノ人がソレを言ってさえいれば、このあと起きるアレは避けられたでしょうに」的な引っぱりとはぜんぜん違うの。
『傾斜のマリア』の舞台は九州のN県だ。砂糖と醤油の話、アメリカは「大きな国」であって「広い国」じゃないという見解、ニッポンは時間と空間が高い密度で折り畳まれている感覚など、緻密に、ふんだんに盛り込まれる物語要素を堪能しつつ、ふと、読み手は思うのだ。この文章って、見たままなんだろうか?この言われたことから伝わるのって、実は言われてないことなんじゃないか――。
作者のこけおどしではなく、読者の疑心暗鬼。これが恩田さんは超絶にうまい。
物語には魅力的な不可解が積み上がっていく。見たものをそのまま脳に留め置ける「映像記憶」の能力を持つ恵弥の頭に浮かぶ行ったことのない場所。隠れキリシタン、マリア信仰、「傾斜都市」、そしてN県出身である亡き祖母が遺した紙謎の数え歌とお菓子の絵を描いた紙――。女系家族でなにかとかまびすしい東京の神原一族は、紙片は隠し財宝のありかを示しているのでは、と盛り上がっている。
恵弥は考える。もし本当にばあさんが持っていたとして、何百年も伝わるようなお宝って何?歳月に耐えられて、なおかつ価値の減らないもの――これは彼が、世界を股に追いかけているものをほうふつとさせるではないか!
さらに、そそる独白や思考の断片がお話のあちこちに。
“おかしい。ここには、なにかおかしなものが映っている”
“このお菓子の中にはモノが入れられる”
“男同士だと一緒に沈んじゃって、なかなかどっちも這い上がれない。その点、女の子は、ちょっと視点をずらして、生存本能のほうを優先してくれるんで、救われることがある”
でも、でもですよ!今回初めて例外。『MAZE』『クレオパトラの夢』『ブラック・ベルベット』と続いてきたシリーズの四作目に当たるこの『マリアの傾斜』は、できたら前作『ベルベット』はマストで(できたらとマストを一緒に使うのはまちがってるとわかっております)読んでほしいし、その前の『クレオパトラ』にも手を伸ばしていただければなおよし。この際一作目の『MAZE』も、と言いたい。
物語の理解度ではなく読み味の問題。それだけシリーズの主人公、神崎恵弥(めぐみ)は複雑な魅力に満ちている。『MAZE』登場時の彼は四十歳前後。本書ではおそらく半ば。職業は、あるものの「ハンター」。
温厚だけどエキセントリック。襲いかかってきた大男の後ろに回り首筋にすばやくナイフを当てることができる。でも暴力沙汰って生産性がないし面倒なので知恵と交渉で事態を乗り切るほうが好き。端正な顔立ちは人を魅了した次の瞬間、すさまじい酷薄さを浮かべていたりする。使うのは女性言葉。バイセクシュアルだからというより、団体行動優先で論理構成能力が低く目上を立てなきゃならない男性優位な日本で、「目的を達成するための戦略」として。
どうです!彼がどうやって形づくられ現在の状況と心境までたどりついたか、知りたくないですか??
閑話休題、何度か書いていることだが作者・恩田陸さんは気配の作家である。これが起きてます、の裏回しで「何かが起きそう」を書ける作家。
ぐずぐずしてないし、もったいぶってもいない。ねたが1個しかない作家がよくやる(!)「アア、アノ時アノ人がソレを言ってさえいれば、このあと起きるアレは避けられたでしょうに」的な引っぱりとはぜんぜん違うの。
『傾斜のマリア』の舞台は九州のN県だ。砂糖と醤油の話、アメリカは「大きな国」であって「広い国」じゃないという見解、ニッポンは時間と空間が高い密度で折り畳まれている感覚など、緻密に、ふんだんに盛り込まれる物語要素を堪能しつつ、ふと、読み手は思うのだ。この文章って、見たままなんだろうか?この言われたことから伝わるのって、実は言われてないことなんじゃないか――。
作者のこけおどしではなく、読者の疑心暗鬼。これが恩田さんは超絶にうまい。
物語には魅力的な不可解が積み上がっていく。見たものをそのまま脳に留め置ける「映像記憶」の能力を持つ恵弥の頭に浮かぶ行ったことのない場所。隠れキリシタン、マリア信仰、「傾斜都市」、そしてN県出身である亡き祖母が遺した紙謎の数え歌とお菓子の絵を描いた紙――。女系家族でなにかとかまびすしい東京の神原一族は、紙片は隠し財宝のありかを示しているのでは、と盛り上がっている。
恵弥は考える。もし本当にばあさんが持っていたとして、何百年も伝わるようなお宝って何?歳月に耐えられて、なおかつ価値の減らないもの――これは彼が、世界を股に追いかけているものをほうふつとさせるではないか!
さらに、そそる独白や思考の断片がお話のあちこちに。
“おかしい。ここには、なにかおかしなものが映っている”
“このお菓子の中にはモノが入れられる”
“男同士だと一緒に沈んじゃって、なかなかどっちも這い上がれない。その点、女の子は、ちょっと視点をずらして、生存本能のほうを優先してくれるんで、救われることがある”
“かれらはいろいろなものをすぐに形を崩せるようにして十字架に見立てる”
“拝んだのか、口を押えたのか”
“ブラック・ベルベット的なもの”
さあ、このなかのどれが書かれたままにすぎず、どれが「予兆」なのか。
やがて「われわれは何を読まされていたのか」があらわになる。これは、残酷な力がふるわれた土地の傷みと、人々の心の痛みと、愛の悼みの物語。
“拝んだのか、口を押えたのか”
“ブラック・ベルベット的なもの”
さあ、このなかのどれが書かれたままにすぎず、どれが「予兆」なのか。
やがて「われわれは何を読まされていたのか」があらわになる。これは、残酷な力がふるわれた土地の傷みと、人々の心の痛みと、愛の悼みの物語。

代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 、『プルースト効果の実験と結果』(佐々木愛/文春文庫)などがある。
