【第382回】間室道子の本棚 『信号旗K』朝吹真理子/マガジンハウス

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『信号旗K』
朝吹真理子/マガジンハウス
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誰かを、どこかを訪ねる、ふつうのエッセイだと思っていた。甘かった。なにせ著者は朝吹真理子さんである。本書で重きがおかれるのは、彼女の変容。

通常の対談集とか探訪記は、最初から最後まで「当方と先方」である。でも朝吹さんは相手や場所とまじわり、あきらかに変化する。朝吹真理子にとりこまれ、蓄積されていく記憶、知識、情感。単純な「会う・行く」ではなく、ただならぬことがおこっている気配がする一冊なのである。

冒頭の「訪問記録」からその切実さに打たれた。信号旗K、という不思議なタイトルの意味が明かされているのだが、「ここにわたしはいるよ」と見せているその先に手を伸ばし、つかみとり、ひとつになってみたい、という欲望のようなものがうかがえる。

最初が村田沙耶香さんであることにもシビれた。

この欄第354回の『世界99』の書評で、わたしは村田沙耶香という作家がこわい、と書いたが、朝吹さんのこともちょっとこわい。「好きな作家です!」とおいそれとは言えない、すばらしい彼女の異質さ。

というわけで朝吹真理子×村田沙耶香はわたしにとって「まぜるな危険」みたいだったのだが、本編を読んでその親和性にうっとり。彼女たちは「誰とも違う」という点で同類なのだった。(この傾向は本書に登場するすべての人にある、とのちのちわかった)。

場所は神楽坂にある新潮社クラブ。作家の対談場所、宿泊施設として今も現役で使われているところで、かつての二階の部屋の異常さがたんたんと記されてる。「ええっ」とか「ひいっ」と声をあげたくなる造りなのだが朝吹さんはとくに心を揺らさない。

「まぜるな」なんて時すでにおそしで、ふたりにはとっくに交流があり、朝吹さんにとって村田さんは尊敬する書き手で大切な友人なのであった。彼女をなんと呼んでいるか、ぬいぐるみの「山田」のこと、一方自分には「イヴ」がいること、失踪と治療、猫の忠信の遺骨と冷凍庫etc、「なんかへんだ」とぞわぞわする話が「彼女って変わってるの」「わたしって変わってるの」「わたしたちって変わってるの」の空気がみじんもなくフラットに書かれていく。こわい。そして改めて思う。なんて魅力的なんだろう。

ほかに会いに行った人は細野晴臣さん、ドミニク・チェンさん、澁澤龍子さん、佐藤允さん、青葉市子さんなど。訪れた場所は表参道交差点、西新宿五丁目駅前のアパホテル、中国・浙江省紹興市、広尾の天現寺、イタリアのヴェニスとミラノetc. これらの人や場所も、朝吹さんが来たことで変容してるんだろう。

心の、今まで手がふれられてないところにずーんとくるエッセイ集。
 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 、『プルースト効果の実験と結果』(佐々木愛/文春文庫)などがある。

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