【第388回】間室道子の本棚 『Z線上のピエタ』宮内悠介/潮出版社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『Z線上のピエタ』
宮内悠介/潮出版社
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大事件や大災害についての、ある作家の言葉を思い出した。

「まず駆けつけるのがカメラマンである。彼らは写真で瞬時に様子を伝える。その次が記者たち。彼らは取材し、報道する。次は評論家だ。彼らはできごとの過去や現状を分析、考察して未来を読む。最後にやってくるのが小説家である。もうもうと立ち込めていた粉塵が鎮まり、そこに見えてきた人々の心をわれわれは描く」とのことだった。さあ、作家・宮内悠介の登場である。

愛する人が命を落としたところに行きたいか否か。思いは分かれるだろう。

残酷な悲劇の場に立つのは辛すぎる、という方もいれば、最後に彼が、彼女が、何をしていたのか、どんな眺めを見ていたのか何としてでも知りたい、という人もいるだろう。

新里恭子は息子・亮が亡くなった場所――ウクライナに行く。

彼女は71歳。杖をついている。肺を悪くしており薬の吸入が欠かせない。冷気がこたえる。でも恭子はどうしても来たかったのだ。なぜなら、自分に残されたただ一人の家族である亮が、海外にいたことさえ知らなかったから。そしてわが子はボランティアなどではなく、ウクライナ軍に入隊し、兵士として戦って死んだのだった。

ふつうは交通事故でも遭難でも、たとえ自殺であっても、遺族がやってきたら現地の人たちは「帰れ」とは言わないだろう。でも恭子には「ニー」=ウクライナ語での「ノー」、が待ち受けている。なぜなら、退避勧告が出ている国だから。戒厳令が敷かれ、空襲警報が鳴り響く日常。こんな危険な場所で異国のおばあさんがひとりで何をしている、という厳しさ、浮薄のまじる目。

一方、なんとかしてあげよう、という人もいる。私は日本大使館前で、「ニー」を繰り返していた警備のおじさんが、恭子から翻訳アプリを向けられ「亡くなった日本人義勇兵の母です」と告げられたあと、彼自身ががんばり、中の人たちの「ターック、ターック(わかった、わかった))を引き出し、面会を取り付けてくれる場面がすごく好きだ。

そんな彼女に同行者ができる。同じく義勇兵として命を落とした息子スティーブの情報を得ようとアメリカからやってきたミラだ。恭子と同年代。NYでウクライナ料理店を経営している移民の三世で、息子と自分のルーツに誇りを持っている。だがこの出会いが、衝撃の展開につながる。

息子を死なせないために、自分はどうすればよかったのか、なにかできたのではないか、と考え続ける恭子に誰も答えはくれない。どうしたって亮は戻らない。でも本書は、彼女が自身を取り戻していく話なのだ。

結婚後、前時代的な夫の家に合わせるうち、ものを言えない人間になっていた恭子は、ウクライナで声と感情、怒りと叫びを奪還する。

作者・宮内さんは執筆にあたり現地を訪れたそうだ。ルポやノンフィクションが数多く出される今、本書は”「創作」でしょ”、と言われるかもしれない。でも見たものを生きた声にする力がすごい。戦争の悲惨さが、それでも消えない希望が、恭子、ミラ、という名前と血肉を持った姿として読み手に染み入る。

小説になにができるかを知らしめる、渾身の傑作。
 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 、『プルースト効果の実験と結果』(佐々木愛/文春文庫)などがある。

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