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【第28回】間室道子の本棚 『あなたの愛人の名前は』島本理生/集英社

~代官山 蔦屋書店文学コンシェルジュが、とっておきの一冊をご紹介します~


「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『あなたの愛人の名前は』
島本理生/集英社
※画像をクリックすると購入ページへ遷移します。
 
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全6編の短編集。婚約者がいるのに浮気をしていて、その浮気相手にひたすら優しい女と、女の優しさの先に不透明なものを感じる男。1つの不実を2つの視線で描いた「あなたは知らない」と「俺だけが知らない」が素晴らしい。

「あなたは知らない」の瞳には同棲中の婚約者がいる。誠実な男だが、「俺はキャバクラなんか好きではない」と宣言すること、自分の学生時代の友人との集まりに「一緒に行くよな?」と言うことで、彼女を大事にしていると思っている。瞳の仕事である精巧な切り絵を、「いい趣味だね」と言う。ようするにこの男は彼女の心を見ていない。

婚約者だけではない。女友達からの婚約をうらやましがるような言葉や、かつて参加した合ゴンの男性たちからのほめ言葉に瞳が感じるのは、それは私なの?というかすかないらだちや違和感だ。

瞳はバーで知り合った浅野と関係を持ち、続ける。この浅野が体だけでなく心を可愛がれる男だったことから、彼女は変化していく。

「俺だけが知らない」ではこのつながりが浅野の側から描かれていく。浅野はスマートに働き、恋愛や結婚には関心が薄い男だ。他に男がいて面倒なことを一切言わない女。これ以上ないほど都合のいい交わりの中で、浅野が瞳に感じ始めた不透明さ。それは彼女の純な心ではないか。

浮気、セックスだけ、誰にも内緒、という不純だらけの関係では、そこに入り込んだ純粋な感情こそが、クリアでないもののように見えるのだと思う。そしてついに瞳が気持ちを傾けてきた時、彼は・・・。

瞳をルール違反と思う人もいるだろう。「女が本気になったって話でしょ」とか「婚約者から浅野に乗り換えられたらハッピーだったね」と言う人もいるかもしれない。でもこれは、そういう話ではないのだ。

「浅野さんは言葉にしなくても、ちゃんと見ている人だと思う」
彼が私の楽しいと思うこと、美しいと思うものを同じ感覚で見ている――これは瞳が日々漠然と感じている不安を忘れさせ、人生につなぎ留めるくらい切実な喜びだったのだ。婚約者のさまざまなことに目をつぶる一方、瞳も浅野のことをすごくよく見る。そして気づくのだ。見ない男より悲しいのは、見えないふりができる男だと。

ほんとうの私を見て、と思っても人の目を動かすことはできない。だから彼女は自分で自分を見始める。何ができるのか、どうしたいのか。

愛の終わらせ方を丁寧に描いたフレッシュな作品。瞳の一切の始末の仕方が浅野の生き方を変えることになるラストがいい。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)などがある。
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