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【第57回】間室道子の本棚 『待ち遠しい』 柴崎友香/毎日新聞出版

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『待ち遠しい』
柴崎友香/毎日新聞出版
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主人公は39歳の春子で、手狭だった大阪市内のワンルームマンションから90歳の大家さんが母屋にいる敷地内の離れに越してきて6年。事務職をしており、趣味は消しゴムはんこ彫り、というのどかな暮らしをしていた。大家さんが亡くなり、長女であるゆかりが大家を引き継ぐかたちで東京から引っ越して来たことから物語は動き出す。

春子は亡き大家さんを含めて近所づきあいというものをしたことがなかった。60代のゆかりはひと月半で、6年以上いる春子より町になじんでいく。

まず春子はゆかりから、母屋の裏側の黄色い壁の家にいるのはゆかりの甥っ子夫婦、つまり亡くなった大家さんの孫夫婦だと聞かされる。さらに庭先でゆかりと話をしていた女性に「あなた、お勤めしてはるでしょ」と言われて驚く。この人は毎朝二階のベランダに洗濯物を干す時、春子が家の前を通るのを見下ろしていたと言うのだ。

ゆかりは音声増幅機のような役割を果たしており、彼女が来たおかげで春子は、いろんな町の声、人の存在を知っていく。しかし「人情のおかげで孤独な女性が救われ…」という話ではぜんぜんないのである!

春子は自立し、友人もいて、好きな趣味を持ち、満ち足りているのだ。ただそれをわかってもらえない。ホームドラマやCMに自分のような人は出てこない、と彼女は気づく。たしかにテレビや映画に「一人で満足」の人は出てこず、登場するならそういう人はほんとうは何かが欠けていて、寂しくて、今ないものを求めていて、手に入ればハッピーエンド、そうでなければあらたな自分探し、という展開になりがち。多様性の時代と言われているのに、世間の「標準でなければ認められない空気」は強まっている、と春子は思う。

ゆかりもまた「社交的なおばちゃんキャラ」に留まらない人物だ。家族の中で自分だけが大阪弁をしゃべれないこと、夫について、黄色い壁の家の甥っ子の嫁である沙希が、ゆかりの息子と娘についてほのめかしたこと…。

若い沙希が時折投げつけてくる失礼な言葉、近所の不審者、さらに大きな事件もあるが、基本物語は明るい。春子とゆかりと沙希は、互いの家で食事をしたり旅行に行ったりする。ぎくしゃくしたところ、相手に突っぱねられたところを残しながら、である。

これは、男性にはないことだと思う。親戚でも友人でもない、ただ近所にいる、しかも意気投合したわけではない人と、ごはんを食べたり旅したり、というのは、男たちには考えられない関係だろう。それでも手を取る女たちは、「お気楽」とか「ズルい」ではない。身近な誰かと助け合える関係を作ることは、切実なのだ。

あと、女性は仕事で思うことがあると、帰りにおいしいお茶とお菓子でささやかな回復をする。そのことを、男性上司は「女の人は、生きるのがうまい」と春子に言った。ほめているのではなく、俺たちに比べて贅沢だね、オトクだね、という口ぶりで。

これを「女性vs男性」で切っていくのではないのが本書のまたいいところ。春子はカフェで楽しそうにしている女性たちの一日の乗り切り方を「うまい」方法だと知っているのなら、男たちはなぜそうしないんだろう、それを阻んでいるのはなんなのだろう、と考える。

場面のほとんどが、庭先、母屋、離れ、職場、ご近所なのに、とても広い世界が見える小説。 「男たちには考えられない関係」と言ったが、人生百年時代、男のご近所づきあいを考えるのもいいと思う。おススメです。
 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)などがある。
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