【第359回】間室道子の本棚 『青天』若林正恭/文藝春秋
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
* * * * * * * *
『青天』
若林正恭/文藝春秋
※画像をクリックすると購入ページへ遷移します。
※画像をクリックすると購入ページへ遷移します。
* * * * * * * *
テレビでの発言によると、若林さんは、「全速力でぶつかって跳ね飛ばされる時のこの感じを言うのって、どういう言葉なんだろう」と思って断片を書き始めたそうだ。
自分がおこなっていること/いたことを言語化できないともやもやする人っていると思う。魚屋さんはブリの頭をおとすとき包丁から伝わる皮からの肉、その先の骨、その先にまたある肉、の感触の変化ってこうだ、と頭に留めたいだろうし、陶芸家は壺を床にたたきつけるべきか棚にそっとおくべきかのわが手の基準を表現として持っていたいだろう。「そんなのいらないよ」なら、伝えたい人がいないのだ。
本書はまず、居場所をなくした男子高生の話。帯に「人にぶつかっていないと、自分が生きているかどうかよくわからなくなる」とあり、胸がしめつけられた。
主人公は高校三年生で弱小アメフト部に所属しており、数時間後にはハードヒットを喰らって大けが、失神、死ぬかも、でも大爆走して生きてるかも、という日々にいた。多くのことが中途半端な日常で、部活は止まっていた心臓が動き出す感覚。
でも四月の春大会の初戦で強豪校にぼろ負けした。学校のきまりでは、三年はここまで。仲間はみんな受験モードに切り替えてる。でも自分は今さら勉強してどこかの大学にという感じではない。実は卒業もあぶない。
で、彼は別な痛みが味わえそうなところにいく。でもそのイタさは求めているものではなかった。タイトルの青天とは、アメフト用語で試合中に相手にひっくり返され倒れてる状態をいう。最大の屈辱。でもその時見えるのはあっけらかんとした美しい空なのだ。試合の日の天気はいろいろだしふがいなさ丸出しだから通称曇天、雨天でもよかったはず。でも、アオテンっていう。
新たな居どころ、と思っていたのに、彼はいつしか両ひざをつき、床のタイルと相手の靴を見てた。そこに青い空はないのだ。というわけで彼はグラウンドに戻る。本書は終わりをさがす少年の物語。チームメイトは全員下級生。出戻りの先輩に向けられる目。心の痛みにもぶちあたる。
取材や資料で調べて書いたことでも想像力のたまものでもない、日大二高アメフト部にいた若林さんの肉体から駆使される五感。生活の場で主人公の目や耳は敏感だ。枯葉が匍匐前進の前腕につぶされ割れる音、学食で盗んだかき揚げの油と野菜の甘み、駅で線路に投げ捨てられたタバコの火種が弾けて散るオレンジの火花。それが物語に生気を吹き込む。
そして試合の場面は異様な迫力を帯びる。「太ももの裏の血液が沸騰して泡を立てる」「肛門から突き上げた力をヘルメットのデコの部分に集約させて、相手にぶち当たる」「口に入った土が歯に当たって音を立てる」「ボールを温かく感じる」。
勝ちからしか学んでない常勝集団と、負けからしか学べなかった自分のチームとの戦い。絶望と絶頂の場所で、主人公は死にたい、となんどももらす。死にたい、死にたい、死にたい。読んでいて誰もが声をふりしぼるだろう。生きろ、生きろ、生きろ。
ラストの空は曇りきってる。でも光はある。本書はそれをつかもうとする者すべての話。渾身という形容はこの小説のためにある。
自分がおこなっていること/いたことを言語化できないともやもやする人っていると思う。魚屋さんはブリの頭をおとすとき包丁から伝わる皮からの肉、その先の骨、その先にまたある肉、の感触の変化ってこうだ、と頭に留めたいだろうし、陶芸家は壺を床にたたきつけるべきか棚にそっとおくべきかのわが手の基準を表現として持っていたいだろう。「そんなのいらないよ」なら、伝えたい人がいないのだ。
本書はまず、居場所をなくした男子高生の話。帯に「人にぶつかっていないと、自分が生きているかどうかよくわからなくなる」とあり、胸がしめつけられた。
主人公は高校三年生で弱小アメフト部に所属しており、数時間後にはハードヒットを喰らって大けが、失神、死ぬかも、でも大爆走して生きてるかも、という日々にいた。多くのことが中途半端な日常で、部活は止まっていた心臓が動き出す感覚。
でも四月の春大会の初戦で強豪校にぼろ負けした。学校のきまりでは、三年はここまで。仲間はみんな受験モードに切り替えてる。でも自分は今さら勉強してどこかの大学にという感じではない。実は卒業もあぶない。
で、彼は別な痛みが味わえそうなところにいく。でもそのイタさは求めているものではなかった。タイトルの青天とは、アメフト用語で試合中に相手にひっくり返され倒れてる状態をいう。最大の屈辱。でもその時見えるのはあっけらかんとした美しい空なのだ。試合の日の天気はいろいろだしふがいなさ丸出しだから通称曇天、雨天でもよかったはず。でも、アオテンっていう。
新たな居どころ、と思っていたのに、彼はいつしか両ひざをつき、床のタイルと相手の靴を見てた。そこに青い空はないのだ。というわけで彼はグラウンドに戻る。本書は終わりをさがす少年の物語。チームメイトは全員下級生。出戻りの先輩に向けられる目。心の痛みにもぶちあたる。
取材や資料で調べて書いたことでも想像力のたまものでもない、日大二高アメフト部にいた若林さんの肉体から駆使される五感。生活の場で主人公の目や耳は敏感だ。枯葉が匍匐前進の前腕につぶされ割れる音、学食で盗んだかき揚げの油と野菜の甘み、駅で線路に投げ捨てられたタバコの火種が弾けて散るオレンジの火花。それが物語に生気を吹き込む。
そして試合の場面は異様な迫力を帯びる。「太ももの裏の血液が沸騰して泡を立てる」「肛門から突き上げた力をヘルメットのデコの部分に集約させて、相手にぶち当たる」「口に入った土が歯に当たって音を立てる」「ボールを温かく感じる」。
勝ちからしか学んでない常勝集団と、負けからしか学べなかった自分のチームとの戦い。絶望と絶頂の場所で、主人公は死にたい、となんどももらす。死にたい、死にたい、死にたい。読んでいて誰もが声をふりしぼるだろう。生きろ、生きろ、生きろ。
ラストの空は曇りきってる。でも光はある。本書はそれをつかもうとする者すべての話。渾身という形容はこの小説のためにある。

代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 、『プルースト効果の実験と結果』(佐々木愛/文春文庫)などがある。
