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【コラム】読書飛行/VOL.3 極寒に生きた労働者達の魂を救う 河﨑秋子『土に贖う』

 
「貴方にとって、文学とは何ですか。」
私はずっと、その答えを探し続けているのかも知れません。
 
文学に触れている間、心はとても自由に羽ばたきます。
だから、とても履き心地の良い靴?何かの乗り物?
—考え続けて、未だ答えは出ていません。
 
だけど文学は今日も、靴を履いて踏み入れない場所や、飛行機で上陸出来ない場所へ私を連れ去るのです。
こちらは、皆様と本の素敵な出逢いをお手伝い出来ます様、文学コンシェルジュが徒然なるままに綴るコラムです。

 

VOL.3 極寒に生きた労働者達の魂を救う
河﨑秋子『土に贖う』

 
  
 十月は、毎年の恒例となりつつある約一カ月間の「読書月間」(「読書月間~大人達へ贈るひと月 文化色とりどりに~」)を開催いたしました。
イベントにご参加くださった皆様、フェアを見にお越しくださった皆様、ノベルティ「読書手帳」をご入手くださった皆様…
誠に有難う御座いました!
中でも、会期中にご本人の多大なご協力を頂きましたフェア「川上未映子の本棚」、及びオンラインイベント「川上未映子 物語と人生と~枚方 蔦屋書店・文学サロンVOL.24~」は大きな反響を頂戴いたしました。
これも単に、お客様と川上未映子氏、関係者各位のお陰で御座います。
更に前述いたしましたフェアでは、川上氏ご本人によるご選書、それ等計13タイトル全てに大変ご丁寧なコメントも拝受いたしました。
氏にお選び頂きましたラインナップは小説、随筆、歌集、哲学書…と多岐に渡ります。
その中で佇まいから既に泥臭い印象を放っていた一冊、河﨑秋子氏著『土に贖う』。
今回は、こちら一冊に絞ってお話をしてみたいと思います。
 
 
 
**********
 
 
 
 本作は北の大地で、地の産業に身を費やした者々を描く鎮魂歌の様な短編集である。
帯には自然界に材を採った読み物に与えられる「第39回新田次郎文学賞受賞」の文言が躍り、「泥臭い」第一印象をより強くさせていた。
著者の河﨑氏に関して予備知識を仕入れず読み始めたが、彼女ご自身が北海道特有の、澄み切ってしかし厳しく冷たい空気の中で育った事は、疑う余地が無かった。
読み手は漏れなく気付く事であろう、彼女が自らの出自、そして血と同様に巡るスピリットを火種に作品を生み出している事を。
現に彼女は専業作家となるまで、酪農や綿羊の飼育・出荷に従事する決して短くない時間を経ていた。
 
 氏は無論書き手であるが、極めて語り手に近い。
それぞれの物語に生きる人々の生活を覗いていると、祖母から太平洋戦争の記憶を聴いた幼い頃の、恐れに近い感情が呼び起こされた。
手元に本は紙は、文字は確実に存在しているのに、口承文学の様な崇高さをも持っている。
 
 それは単に、民族意識の発露と言って然るべきだろうか。
北の大地と彼女の血が書かせた文学は、その畏怖させる力と崇高さは、私に壮絶な読書体験をもたらしたのだ。
 
川上未映子氏は、こう語る。
 
「極寒の地における、明治期から現代にわたる産業と民衆の、栄枯盛衰を描いた短編集です。暴力や人権、自意識など、今日のわたしたちが理解して利用するようになる以前、それらは、いったいどんな顔をしていたか。
 
 批評性に優れているだけでなく、情景描写や音の表現も素晴らしく、そしてそれらを貫くこの書き手の「直視力」は、小説を書き、読むことの、恐れのようなものを思いださせてくれる。
 
 羽毛産業の起点を扱ったアホウドリ撲殺を描く異様な密度の『南北海鳥異聞』。この短編の凄まじさ。
この一編を読むだけで、この書き手がとくべつな書き手であることがわかると思う。必読です。」(全文)
 
 確かに、養蚕・ミンク養殖・ハッカ草栽培…等、様々な産業が描かれる中で、膨大な数のアホウドリがどんどん撲殺され羽毛に変えられる『南北海鳥異聞』は尚も一線を画している。
羽毛を取る為に、何とアホウドリが「撲殺」されていた時代が、確かにあるのだ。
その事実から受ける衝撃を消化する間も無く、物語は無慈悲に進んでいった。
否、物語が自動的に進んでいく訳はない。
気付けば私の手は、休む間も無く頁を繰っていた。
否応無しに面白い、と言えば語弊があるだろうか。
 
 主人公の弥平は四兄弟の末に生まれ、充分な愛情と教育を受ける事が叶わなかった。
その孤独な幼少期に彼は自身の情操を養う機会を与えられず、殺生に対する抵抗感が著しく欠けた青年となる。
尚又、殺生に快感をも感じてはばからぬ青年に―
 
 十五で故郷の村を出た弥平が巡り会うアホウドリの撲殺と言う仕事は、読者の想像が追い付かぬ残酷さであろう。
アホウドリから羽毛を採取する為に南へ渡った弥平は、故郷から遠く隔たった地で自身の天職を見つけた高揚感を感じていた。
鳥島と呼ばれる島に住む人は居ない。
いわばアホウドリ達のユートピアである。
殺しても殺しても尽きぬ様に感じられたアホウドリ達の羽毛を血で染めぬ様に撲殺し、臭みの強い肉を食糧とする。
羽毛採取事業の依頼主は労働者達を鳥島へ運び、三か月後に迎えの船を寄越した。
その内に死んでいった男達も決して少なくない。
 
 そして翌年、同様に羽毛採取を目的に連れられた尖閣諸島で、とうとう彼らは置き去りを食らってしまう。
続々と凄絶な死を遂げる同胞を横目に生にしがみ付いた弥平。
奇跡の帰還は、どう言った心境の変化をもたらしたか。
こんな仕事はもう懲り懲り、と退役させたか。
 
―弥平は、より殺生の機会を求めていた。
渇望に近い欲望は彼の心を蝕み、前後不覚にさせる。
殺生と言う行為は、弥平が最も求めていたはずの金銭に取って代わった。
 
 羽毛採取の仕事を求め、日本各地を転々とする弥平。
かつてのアホウドリは遠い存在となった。
他の鳥類を殺し続けるも、あの感覚はいずこへ去った。
夢遊病の様にアホウドリ撲殺の感覚を追い求めた彼は、いかにその生涯を閉じたか。
 
 この物語は読み始めたが最後、読者に弥平の行く末を見届ける使命を突き付ける。
その使命から、決して目を逸らさないで頂きたい。
 
 読み返して再び、川上未映子氏のコメントを締めた「必読です。」の一言に大きく頷く私が居た。
熱い想いを他者に伝えたい時、往々にして言葉は至極シンプルになる。
私も既に多くの本読み達へ言葉を尽くし推薦をしてみたが、とどのつまり言いたい事は一つである。
「必読です。」
後悔はさせません。
 
 他の六編も粒揃いであった。
果ての見えぬ北の大地で、自身の手元や目の前で死んでいく動物達を見つめ続けた人々は、途方も無い思いに圧し潰される闇を幾夜分過ごした事だろう。
それとも貧困や自然の厳しさに喘いでいた彼らは、そう思いを馳せる時間も惜しんだだろうか。

 どちらにしても河﨑秋子氏がこの七編を上梓し人々に読まれた事で、多くの魂が浮かばれる気がした。

 
 
 
文学コンシェルジュ・大江
 

 

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『土に贖う』
 

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