浦和 蔦屋書店の本棚 Vol.2
『息吹』テッド・チャン/早川書房

商品紹介
2020年01月04日(土) - 01月04日(月)

 SFの意味を表すときに“Speculative Fiction”(思弁文学)という言葉を使うことがあります。

“思考実験の場として哲学的思考を深める”、その最高峰がこの度紹介するテッド・チャン『息吹』です。

アカデミー作品賞候補作『メッセージ』の原作である『あなたの人生の物語』が非常に高く評価されましたが、寡作であるため本作は待ちに待った17年ぶりの新刊になります。

 

 テッド・チャンが特別な作家である理由は、知性・思考の深さ・人間性です。

真理の探究や未来の予知やテクノロジーの出現などにより、登場人物は従来の常識、倫理観、信仰、思想が一変する状況に直面します。

 それが現実から遠い設定であったとしても、まるで自分の人生観に直結するかのような感覚、これは問題設定とストーリーテリングを高いレベルで両立させる知識と技量があればこそなせる技でしょう。

感情と理論のどちらにも夢中になれるのがテッド・チャン作品です。

 

 

 本作は9つの作品を収録した短編集、なかでも特にお薦めしたいのが表題作『息吹』です。

この世界に暮らす種族は全身機械の体を持っているため「死」が存在しません。

主人公の解剖学者は、とある不可解な出来事をきっかけに自分の体を解剖することで、待ち受ける運命を知ることになります。静かな語りの文章は緻密で、まさに機械仕掛け。

 解剖でひとつひとつパーツを外しながらじっくりと脳をのぞき込んでいく作業は、緊張感と自分自身を探求する興奮が混ざり合い印象的です。それにより、脳から生まれる意識、思考、記憶のメカニズムが明らかにされます。しかし、実験による検証が導くのは自分の世界に終焉が近づいているという結論です。

 個人から宇宙規模へ一気にスケールが広がる展開がたまりません。そして宿命を知ったうえで生命の本質へ迫る思索がこの上なく美しいラストを導きます。

 

 

 『息吹』で描かれる、決められた未来とそれに対する意思決定の葛藤は他の作品も貫く大きなテーマです。

◆神の存在と信仰のあり方を問う『オムファロス』

◆歴史改変のないタイムトラベルを扱う『商人と錬金術師の門』

◆わずか4ページで自由意志を覆す『予期される未来』

◆世界の分岐による倫理観の変化を深く掘り下げる傑作『不安は自由のめまい』

その他の作品もいずれも質の高い短篇集です。

 自分の思考を書き換えられるような知的興奮の高まりが、ゴキゲンな万能感を与えてくれる一冊です。

 

 

余談ですが、装丁が非常に美しい本です。ぜひ実物を手に取ってみて下さい。

 

文芸担当:唄

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