浦和 蔦屋書店の本棚Vol.3『風立ちぬ・美しい村』堀辰雄
今回ご紹介させていただくのは、堀辰雄(ほり たつお)の『風立ちぬ・美しい村』です。
『風立ちぬ』という作品は、劇場アニメーション化されたこともありご存知の方も多いはず、その『風立ちぬ』の前日譚に位置するのが『美しい村』です。この二篇を通して、本でしか味わうことのできない物語をご紹介させていただきます。
『美しい村』は、ヒロインである節子との運命的な出会いを、美しい自然に囲まれた舞台で描いた物語となっています。
「出会いと恋」を描いたこの作品は、純文学としての芸術性だけでなく、甘い恋愛小説としての魅力も備えています。
『風立ちぬ』は、1938年の刊行当時では不治の病とされていた結核を患った妻、節子と夫との療養生活を描いたものです。
美しい自然に囲まれた療養所の中で妻の病状に向き合う様は、著者である堀辰雄の実体験を基にしたものでもあります。
『美しい村』と同じ、広大で美しい自然に囲まれていながらも、対照的な箇所が多々見受けられる点が、本作を読んでいて最も惹きつけられるところです。
例えば、どちらにも登場する美しい自然ですが、『美しい村』では「出会いと恋」を包むものであるのに対し、『風立ちぬ』では「病気や死」を包むものとなっています。
『風立ちぬ』を読んだときに感じる奥深さや情緒は、この『美しい村』との対比から生じているといっても過言ではないでしょう。
『美しい村』と比較して、対照的な状況に置かれている主人公は、変わらない自然の中で絶えず変化していく自身の人生を考慮していきます。
そして、広大な自然の中でゆるやかに死へと向かっていく妻と過ごすなかで、幸福の意味について考え始め、最終的にひとつの結論へと至ります。
人間の短い人生では変わることのない雄大な自然と、限られた時間の中で必死に生きようとする人間との間で生み出される情景描写にこそ、二篇を通してのみ味わうことのできる最上の読書体験があるといえるでしょう。
文芸担当:細矢