浦和 蔦屋書店の本棚Vol.18 『こうしてあなたたちは時間戦争に負ける』アマル・エル=モフタール&マックス・グラッドストーン  山田和子訳 早川書房

商品紹介
2021年07月27日(火) - 07月31日(日)

あなたが、渦を巻く炎に舐められながら、この手紙を読んでいると思うと、嬉しくてたまらなくなってしまうということ。あなたの目はもう後戻りできない。この手紙を紙の上だけにとどめておくことはもうできない。

 

 この度紹介するのはアマル・エル=モフタールとマックス・グラッドストーンのヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞、英国SF協会賞、受賞四冠作品である『こうしてあなたたちは時間戦争に負ける』です。

まずはあらすじから。はるか遠い未来、世界の覇権をめぐり対立する《エージェンシー》と《ガーデン》。工作員レッドは苛烈な戦場で敵の工作員ブルーからの手紙を手にします。ほんのからかいから始まったこのやり取りが、やがて二人と世界を変えることになることを二人はまだ知りません。

 240Pのコンパクトな中編に、仕掛けが凝らされています。詩的で含蓄に富んだキレのいい文章がとにかくカッコイイです。本作は手紙のやり取りによる往復書簡小説で、手紙を手にする場面と、手紙の文面によって物語が進みます。ただし、一本道で時系列にそった進行ではありません。レッドとブルーはテクノロジーが現代からはるかに発展した世界の工作員です。自陣営が優位な世界にすべく分岐した並行世界を改変し飛び回ります。時代も場所も世界もバラバラで断片的です。手紙の情報から《エージェンシー》と《ガーデン》の組織のありよう、レッドとブルーの人物の背景が少しずつわかってくる面白さがあります。また、対立する組織のトップ工作員の二人が表立って仲良く文通というわけにもいきません。秘密裏に、時には相手の意表をつくように手紙を仕込みます。手が込んでいてトリッキーで、どんな風に届くのかとワクワクしながら読みました。手紙を手にする舞台もソ連軍の前線、ロンドンのティーハウス、アトランティス、古代文明の遺跡、宇宙艦隊の壮絶な戦場、など雰囲気が抜群でやはりカッコイイ。

そして物語を動かすのはもちろん手紙です。冒頭の文章は、ブルーからレッドへの手紙の引用ですが、ほんの一部でも情熱が伝わるのではないでしょうか。手紙でしか語ることのできない言葉があり、それは心の中で反響します。次第に相手の存在が大きくなる中で、やきもきする二人の心情描写が読者の心をつかみます。

終盤に物語の構造を変化させるクライマックスが用意されています。それはもう怒涛の加速で、驚くばかりでした。読み終わってからタイトルを見返してください。読む前との変化にグッとくるはずです。

本作は膨大な引用があり、それが作品に奥行きを与えています。英語圏の文化に馴染みのない読者では拾いきれないそれらを、訳者の山田和子氏の丁寧な解説が補っていることも嬉しい点です。

 

 

文芸担当:唄

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