この度紹介するのは、久永実木彦先生の最新作『わたしたちの怪獣』です。本作には怪獣、歴史改変、吸血鬼、ゾンビをモチーフにした４編が収録されています。お馴染みともいえるモチーフですが、鮮やかな文章がそれらに活き活きとしたディテールを与えます。それぞれ独立した作品(おそらく)ですが、作品同士の共鳴も感じました。各作品の語り手たちは痛みや苛立ちを抱えています。そんな忌むべき日常に異常なものや事態が出現します。しかし、彼らにはもともとの現実が正常とは思えません。かつての日常を破壊するクライマックスはいっそ爽快です。物語はもちろん終わりを迎えるのですが、彼らの行く末を見届けたくなります。その意味では現実を塗り替えられた物語のその先は読者に託されているのです。虚構と現実がせめぎ合う本作は小説に限らず、物語を愛する人にとってはまたとない傑作になるでしょう。

それでは収録作を簡単に紹介します。

 

「わたしたちの怪獣」
その日、東京湾にオーロラが出現した。免許を取ったつかさが帰宅すると、妹あゆむが父を殺していた。呆然とする二人。その時、怪獣が上陸したという速報が流れる。つかさは街を破壊する怪獣のどさくさに乗じ父の死体を棄てる決心をする。
まず、怪獣作品は怪獣が魅力的でなければなりません。本作の怪獣はその見た目から白腸(しろわた)と呼ばれますが、その外見の描写が最高です。『シン・ゴジラ』は怪獣という事態を国家的な大きな視点から描きましたが、本作は怪獣を“わたし”という個から描く物語です。父の死体をトランクに隠して運びながら、つかさは父と、家族のことを思い出します。それをたどるなかで、怪獣は死んだ父ではないかと考え始めます。怪獣は日常を徹底的に破壊する存在です。しかし、つかさたち家族はすでに壊れてしまっています。“わたしたちの”痛みが生み出した、“わたしたち”の怪獣なのです。現実が少しずつＳＦに近づきます。驚きながらもあっけらかんとしたつかさの語りは心地よくありながらも、世界の残酷さを読者に刻みます。そして怪獣の描写とつかさの心情が交差しながら両者が対峙するシーンにとにかく圧倒されます。
美しい景色がひらけるラストシーンですが、この風景をどうとらえればいいのかずっと考えています。

 

「ぴぴぴ・ぴっぴぴ」
タイムマシンが開発された未来、社会福祉の一環として死亡事件の改変が行われる。現場に赴き事故や災害の被害者を救う〈声かけ〉たちは大量の非正規職員でまかなわれている。〈声かけ〉の一員である椎名は鬱屈した日々を送っている。彼は正体不明のアカウント〈レヴェリー〉の動画に引き込まれる。その動画は改変前の事件を改変後の世界に持ち込んだものだった。
ぱっと見かわいいタイトルですが、全くそんなことはございません。この世界では改変の影響(悪用)で物事のもともとのかたちは失われ、因果関係は無茶苦茶です。それは人間にも影響を与えるのでしょう。椎名が少しずつですが確実に一線を越えていくさまは、元に戻れない恐怖と偽善を取り払うカタルシスをそなえています。藤子・F・不二雄作品に通ずる不条理さやシュールさを感じました。

 

「夜のやすらぎ」
両親を失い叔父の家族と暮らす楓はその生活の限界をむかえつつあった。彼女は出来心で検査用の血液を盗んでしまってから、血液に執着し吸血鬼に憧れている。ある時忍び込んだ病院で浮世離れした美しい男に出会う。楓はその男が吸血鬼に違いないと考え、彼に接触するが・・・。
吸血鬼に憧れる少女・楓の抱える怒りや焦りが行き場のない衝動に突き動かされて爆発する青春小説です。彼女の心情描写の鮮やかさが印象的な作品ですが、一方で、吸血鬼と思われる男の少し抜けている雰囲気や、楓と彼の微妙にかみ合わない会話などのコミカルな一面もあります。

 

「『アタック・オブ・ザ・キラートマト』を観ながら」
逃げ場を求めていた犬井が入ったミニシアターではカルト的人気を誇るＺ級映画『アタック・オブ・ザ・キラートマト』が上演されようとしていた。アクシデントにより上映は中止となってしまうが、シアターに残った数人で映写機を直して上映会を再開できないか模索する。しかし、その間に街はゾンビで溢れかえっていた。彼らはシアターに籠城するが・・・。
映画が現実化してしまったらどうする、という物語と現実の相克が描かれる傑作です。本作の登場人物は映画フリークたちです。おそらく彼らは映画という物語に自分を託しながら現実と折り合いをつけてきたのでしょう。人によっては、それが漫画かもしれませんし小説かもしれません。そういう人に切実な問題を突き付けてくる作品です。
本作を読んでしまったら『アタック・オブ・ザ・キラートマト』を観ずにはいられないでしょう。