浦和蔦屋書店の本棚Vol.28 『ピュウ』キャサリン・レイシー/岩波書店

フェア
2023年10月15日(日) - 11月14日(火)
『ピュウ』キャサリン・レイシー/岩波書店

その人は教会の信者席で眠っていたことからピュウと呼ばれる。人々はピュウに興味を持ち、人種、性別、年齢を尋ねるがピュウは一向に答えようとはしない。住民たちは戸惑いながらもピュウが何かを語ることを期待し世話をやく。やがて重要な祭りが近づくが…。

物語はピュウ=わたし、の視点から住民たちとのやりとりが描かれます。住人たちにとってピュウは正体不明のよそ者です。そして外見からは何もわかりません。彼らは食事や寝床を用意してくれ親切に接してくれます。しかし、それでも何も語らないピュウに戸惑いと苛立ちを募らせます。
この作品はそんなピュウが自分のアイデンティティを探す物語ではありません。ピュウが何も語らないのは、ここへやってくるまでの記憶を持たないからです。しかしそれを語らないことを彼らは放っておいてくれません。じっとそこにいるピュウ。その空白に対して住民たちはそれぞれの仕方で接します。そうして少しずつコミュニティの在り様が明らかになってくる構成です。それはミステリのように謎を明確することとはまた違います。ピュウへの接し方には、実際に話している言葉とそれを言った内心の間に見え隠れする機微があり、丁寧に読むほどに味わい深さが増す作品です。

物語はピュウの視点で描かれますが、我々読者は住民側つまりコミュニティ側の人間です。勝手に白黒つけようとする彼らを偽善者と決めつけるのもたやすいですが、目の前にピュウがいたら、おそらく我々もピュウをピュウのままで認めることはできないでしょう。本作にはいくつかの決して見逃せない出来事の断片が埋め込まれていて、おそらくそれがこの作品の核心です。ピュウと住民の間を往復するグレーな読書体験であり、コミュニティと個人をめぐる現代的な文学作品です。
 

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