【第62回】間室道子の本棚 『プルースト効果の実験と結果』 佐々木愛/文藝春秋

 
 
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『プルースト効果の実験と結果』
佐々木愛/文藝春秋
 
 
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誰にでもデビューはある。でも「この人の一作目」ではなく「デビュー作」という言葉の鮮烈さを持って世に出る作品は少ない。「新人なんだから、このあと書くたびに腕を上げていった、でもいいじゃない」とも思うんだけど、デビュー作は称号なのだ。「この一冊はどうですか」以上の意味を持つ。書き手が作家として声をあげたことを世に問う。自分の存在を認めさせる。そんなとくべつな意志や力を持った新人の登場は、私にとっては「天から降ってきた」としかいいようがない驚きや喜びがある。

このたび、柚木麻子さんのデビュー『終点のあの子』(現在文春文庫)以来の衝撃を受けた作品が出た。それが本書『プルースト効果の実験と結果』だ。

とにかく、今までにない読み味。ここには「お話の筋が思い浮かんだから書いた」以上の、広いところに出ていくかんじがある。自分をためすと同時に世界をためしているような、新人独特の度胸、プライド、大胆さ、野心、純粋さがある。

表題作についている「プルースト効果」とは、味や香りからそれに関連した思い出が浮かぶ現象のこと。フランスの小説家プルーストが、大作『失われた時を求めて』で、主人公がマドレーヌを食べた時に昔の記憶がよみがえるシーンを書いたことから来ている。

登場する男の子は東京で大学生活を送ることをめざす地方の受験生で、何をしてるかというと、勉強を始める前、必ず「たけのこの里」を食べる。これをずっと続けていれば、入試当日、このお菓子を口にすることでわ~っと英単語や中国歴代王朝が浮かんでくるはず、というのである。

お話の主人公は、この風変わりな男の子と行動をともにする女の子だ。同じく東京の大学を受験する彼女は彼にすすめられ、「きのこの山」で実験をする。その後彼は、プルースト効果を言い出したのと同じ唐突さで、彼女にある提案をしてくる。そこからふたりはまた、変なことを始めるのである!

若々しさって、馬鹿馬鹿しさによく似た意外性と滑稽さ、ちょっぴりの悲しさがある。後半女の子に訪れる、とくべつなものがありきたりに染まっていくときのなすすべのなさが、すごくフレッシュに描かれる。

残りの収録作も、こんな話は読んだことがない、という驚きと秀逸さに満ちており、すばらしい。外国のきれいな色味の未知の果物をかじったかんじ。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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