【第63回】間室道子の本棚 『私は幽霊を見ない』 藤野可織/KADOKAWA
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『私は幽霊を見ない』
藤野可織/KADOKAWA
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『目と爪』で芥川賞を受賞した藤野可織さんの、幽霊が見たくてたまらないエッセイ。
「見た!」ならシロウトさんから有名作家までけっこうな数あるけれど、「見たいのに見えない」をせつせつと綴ったエッセイは珍しい。
いかに見えないかだけでは進められないので、彼女は周囲から怖い話を集めてまわるのだが、収集譚よりひやっとするのは、藤野さんの表現や性癖(?)だ。
彼女が通っていた小学校は昼間でもじめじめしていて、造りも状況も怪談映画のセットのようなところだった。そんな場所だから怪異のうわさはあり、そのひとつが「夜、二宮金次郎の石像が読書の姿勢のまま校庭を走り回る」というもの。
この後の「午後四時に女子トイレの個室に四時ばばあなる老怪女が出現」にページは多く割かれ、「女子トイレにばかり得体の知れないものが出るのは不公平だ」という風潮が高まり、すぐさま午後五時になると男子トイレに五時じじい登場のうさわがたった、というくだりにはシビれたが、私をとらえたのは二宮金次郎の姿勢だ。
ネットで学校の怪談を検索すると「金次郎もの」として、移動する、走るはでてくるけど「本を読みながら走る」は見当たらなかった。じっさい目撃したら、「そんな前屈姿勢で」とまず滑稽に思い、次に「そこまでして本を・・・!」と感動し、そうしてやっと、「勉学に対する金次郎の執念」がぞわぞわ伝わり、恐怖すると思う。「子供の頃聞いたのをそのまま書いただけ」と藤野さんはおっしゃるかもしれないが、「読書の姿勢のまま」のある/なしでテイストはすごく変わる。
藤野テイストは、行動は大胆、そしてあとから来る這い上るような怖さが特徴だ。もうひとつ紹介すると、「電車の中で、いない相手に話しかけている人」は、都市部ではままある。ある日藤野さんが乗った電車にそういう男の人がいた。隣の誰もいない席を見ながら熱心に会話している。で、藤野さんはなんとその空間に座ったのである!
「もし、ここに座ったらどうなるだろう」と考えていたら本当に座ってしまったそうだが、彼女の「私はなんということを!」より、当の男性の「この女はなんということを!」という恐怖が、藤野さんが描く彼のぴたりと閉じられた口、顔色の描写から伝わってきた。
さらに、安全面でいまいちの物件に引っ越しをする前日、女性編集者が見た悪夢と、起きていた恐ろしい事件を藤野さんは数人でワインを飲みながら聞いていて、今この瞬間、世界のどこかで誰かが殺されているということをその場にいたみんなが感じていたと思う、と綴る。ここまでなら落としどころとして100点のエッセイだが、「いつか世界のどこかで誰かがワインを飲んでいるとき、自分が殺されている最中かもしれないって」とつけ加える。これぞ、藤野テイスト。
怪異に触れてスパークする藤野さんの感受性がするどすぎて、ときにはにぶすぎて、怖い。開高健、三島由紀夫、スティーヴ・エリクソンの幽霊に会いたい話や(三人のうちエリクソンはまだ死んでいない)、枯らしてしまった植物を観察し続ける目、怪我をし血があちこちにこびりついたままの夫に深夜の病院で幽霊報告をする様子、パリの自然史博物館でホルマリンづけになった猫に言いたかった一言など、奇妙な味をご堪能あれ。
「見た!」ならシロウトさんから有名作家までけっこうな数あるけれど、「見たいのに見えない」をせつせつと綴ったエッセイは珍しい。
いかに見えないかだけでは進められないので、彼女は周囲から怖い話を集めてまわるのだが、収集譚よりひやっとするのは、藤野さんの表現や性癖(?)だ。
彼女が通っていた小学校は昼間でもじめじめしていて、造りも状況も怪談映画のセットのようなところだった。そんな場所だから怪異のうわさはあり、そのひとつが「夜、二宮金次郎の石像が読書の姿勢のまま校庭を走り回る」というもの。
この後の「午後四時に女子トイレの個室に四時ばばあなる老怪女が出現」にページは多く割かれ、「女子トイレにばかり得体の知れないものが出るのは不公平だ」という風潮が高まり、すぐさま午後五時になると男子トイレに五時じじい登場のうさわがたった、というくだりにはシビれたが、私をとらえたのは二宮金次郎の姿勢だ。
ネットで学校の怪談を検索すると「金次郎もの」として、移動する、走るはでてくるけど「本を読みながら走る」は見当たらなかった。じっさい目撃したら、「そんな前屈姿勢で」とまず滑稽に思い、次に「そこまでして本を・・・!」と感動し、そうしてやっと、「勉学に対する金次郎の執念」がぞわぞわ伝わり、恐怖すると思う。「子供の頃聞いたのをそのまま書いただけ」と藤野さんはおっしゃるかもしれないが、「読書の姿勢のまま」のある/なしでテイストはすごく変わる。
藤野テイストは、行動は大胆、そしてあとから来る這い上るような怖さが特徴だ。もうひとつ紹介すると、「電車の中で、いない相手に話しかけている人」は、都市部ではままある。ある日藤野さんが乗った電車にそういう男の人がいた。隣の誰もいない席を見ながら熱心に会話している。で、藤野さんはなんとその空間に座ったのである!
「もし、ここに座ったらどうなるだろう」と考えていたら本当に座ってしまったそうだが、彼女の「私はなんということを!」より、当の男性の「この女はなんということを!」という恐怖が、藤野さんが描く彼のぴたりと閉じられた口、顔色の描写から伝わってきた。
さらに、安全面でいまいちの物件に引っ越しをする前日、女性編集者が見た悪夢と、起きていた恐ろしい事件を藤野さんは数人でワインを飲みながら聞いていて、今この瞬間、世界のどこかで誰かが殺されているということをその場にいたみんなが感じていたと思う、と綴る。ここまでなら落としどころとして100点のエッセイだが、「いつか世界のどこかで誰かがワインを飲んでいるとき、自分が殺されている最中かもしれないって」とつけ加える。これぞ、藤野テイスト。
怪異に触れてスパークする藤野さんの感受性がするどすぎて、ときにはにぶすぎて、怖い。開高健、三島由紀夫、スティーヴ・エリクソンの幽霊に会いたい話や(三人のうちエリクソンはまだ死んでいない)、枯らしてしまった植物を観察し続ける目、怪我をし血があちこちにこびりついたままの夫に深夜の病院で幽霊報告をする様子、パリの自然史博物館でホルマリンづけになった猫に言いたかった一言など、奇妙な味をご堪能あれ。
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。