【第64回】間室道子の本棚 『わが母なるロージー』 ピエール・ルメートル/文春文庫

 
 
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『わが母なるロージー』
ピエール・ルメートル/文春文庫
 
 
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すごく変わったミステリー。作者は『その女アレックス』が大ヒットしたピエール・ルメートルで、「この人って、拷問、虐待、残虐シーンで有名な人じゃ・・・」と心配する方、大丈夫、この『わが母なるロージー』にそういうシーンは出てきません。

パリの三日間を日にちで章立てし、「十七時」「十七時一分」「十九時五十五分」「二十一時十五分」など、時間を表示しながら進行し、追い詰められ感をあおる書き方をしてるのだけど、いわゆる「時限ミステリー」とは読み味がちがう。

なにが起きているのかというと、一日目の十七時、ジョセフ=メルラン通りで爆発事件発生。内務省にはイスラム過激派のしわざではないことは早くからわかっており(数か月前から政府は複数のイスラム系組織とあれやこれやの秘密の取引を進めており、組織が今それをおじゃんにする理由はないのである)、やがてひとりの青年が出頭してくる。

名前はジャン・グルニエ。三十二歳。彼は、「爆弾はあと六つあり、毎日一つ爆発する。仕掛けた場所を知りたいなら、勾留中の母ロージーを釈放し、自分たち親子に多額の金を与えて外国に逃がしてほしい」と中学生みたいな要求をするのである。

母一人子一人の生活をしていた彼らは愛にあふれていたのかというと、そんなことはない。しかも母親がなぜ警察に捕まったかというと、息子に対してものすごいことをでかしたからなのである。ジャンはなぜ、そんな母の解放と自分との逃亡を望むのか?彼が「あの人としか話さない」と指名したため、車で恋人アンヌの家に向かう途中のカミーユ警部(身長145センチ、短気、有能)が呼ばれるが・・・。

ジャンが爆発物を手に入れた手法にまず仰天。さらにこの男は自分を犯人だと信じてもらうため、買った品々の領収書を持ってきていた。「二日目」「一日一個爆発」「刻々と刻まれる時間の表示」の物語は、ふつうならおおいなる危機感で手に汗握って読むはずなのに、なんだか素っ頓狂な犯人だし「次はいつ、どこで、爆発!?」にどうものめり込めない。「ほんとうは何が起きてるの?」に読者もカミーユも揺れるのだ。これこそが、作者の仕掛けではないか。

ラストには最初の爆発シーンの、音、爆風、衝撃、埃、凍り付いた人々の余韻がずーっと続いていたような、コール&レスポンス、たくらみと結末、始まりと終わりの美学が感じられる。短いながら、ルメートルという作家の手腕がスマートに出た作品。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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