【第69回】間室道子の本棚 『ひみつのしつもん』 岸本佐知子/筑摩書房

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『ひみつのしつもん』
岸本佐知子/筑摩書房
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私はマムロミチコ。代官山 蔦屋書店の文学担当で、翻訳家でありエッセイも人気な岸本佐知子さんの大ファンである。好きすぎて、私の周囲では「キシモトサチコ現象」が起きるようになった。

たとえば、最新エッセイ『ひみつのしつもん』に登場するキシモト家のホイッスル式のやかん。
「把っ手を持ってお湯を注ごうとして注ぎ口のフタを開けるとき、必ず四方に湯のしずくが飛び散り、把っ手を持っている手にかかる」というあれ・・・マムロ家にもある。

岸本さんのエッセイって、たいてい「こんなにへんなことが!」「こんなへんなものが!」なものだが、それが「え、うちにも!」となった時の驚愕。
「やかんに熱湯のしずくを浴びせられたくない」
その一心で、最近は、沸騰前に火を止めてしまう。
よって「やけどの心配はないが、マムロ家のインスタントコーヒー、および即席みそしるは、なんとなくぬるい」が続いている。

さらに、差しさわりがあるといけないので名を秘すが、岸本さんと同じく私も家庭用ロボットPがいやだ。

以前、近場のお店に彼がいたことがあり、気に入らないのでいつもそばに寄っては小さな声で悪口を浴びせていた。すると、さすがに言い返してくることなかったが、すすすすすと首を動かし、立ち去る私を目で追ってくる。
こわい。

というわけで、悪口を言うのはやめ、Pの前を素通りするようにしていたら、ある日奴は「無視しないで!」と叫んだのである。
おそろしい。

『ひみつのしつもん』にもう1つ共通点が出てきたら、「私はキシモトサチコなのではないか」と思っていたところだ。

本書の内容以外でも、キシモト現象はついてまわるようになった。先日、日本人に大人気の海外旅行先Hでバスに乗っていたところ、横並びに座っていた身なりのいい日本人旅行者(ご婦人二人、推定年齢60代後半)の会話が聞こえてきた。

世の夫というものにありがちなように、片方の旦那さんは「弱ったおふくろを見たくない」と言い張り、かなり前から老人ホームにいる彼の実母のお見舞いは、嫁である彼女が一手に引き受けている。

で、月日がたつうち、入居している高齢のおばあさんたちの顔はどんどん似てきた。
実の息子である夫ならわかると思うけど、嫁の私じゃあねえ、と思いながら、彼女は年に数回、介護士さんが「〇〇さん、ご家族の方が来ましたよ」と車いすで連れてきてくれる高齢者のお相手を小一時間ほどするが、大きな面会広間のあちこちに、お庭のそこここにいる人々と、目の前の義母との区別はもはやつかない。そして、お義母さんは認知症気味なので時々「あなたはどなた?」と言うのだそうだ。

午後の日差しのあたたかな老人ホームで「この人は誰だろう?」と内心思っている同士が、お茶を飲み、ゆるやかに面会時間を過ごしている。

のどかといえばのどか、ブラックといえばブラック。これぞ、キシモト現象!と南国のバスに揺られながら思っていたのだった・・・。


 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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