【第77回】間室道子の本棚 『如何様』 高山羽根子/朝日新聞出版

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『如何様』
高山羽根子/朝日新聞出版
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舞台は戦後まもない日本、お話の中心にいるのは若い女性記者。彼女が調べているのは戦地から帰ってきた有名画家は本物か、ということだ。焼け野原となった東京で唯一残っていた自画像と復員後の彼の写真はまるで別人。画家は家族の元に帰っていくつかの制作をしたあと、現在姿をくらませている。

依頼人は美術系出版社の編集をしている男で、悲惨な体験が人を変えるとはいえ、人間の顔貌を骨格から見ることが習慣づいてる自分からすれば奴は偽者。おそらく才能はあるが認められなかった男で、戦地で何かが起こり、奴は著名人になりすますことにしたのだ。腕は本物で、以前の画家と遜色ない絵が描ける。彼のほうがむしろ才があるのかもわからんね、と編集者は付け加えた。

一方、あの人はまちがいなく画家である、と言うのは画廊主だ。アトリエに戻った後、描きかけの作品を完璧に仕上げたのはもちろん、どのような絵をどのくらいの大きさで、何日で仕上げるかなど、本人でなければわかりえないすべてを把握していた、だから本物だ、と言うのである。

どんな絵を描こうが姿かたちを理由に本物ではないという者と、どんな風貌になり果てようと才能から本人だとわかるという者。

画家の妻も登場する。出征前に見合いの席で会ったきりで、その時はこの時代の女性らしく、相手の顔をまともには見れなかった。嫁ぐため上京してきた時には画家はすでに戦地で、無事を祈っていたが、帰ってきた男が自分の夫となった人なのかはよくわからない、と言う。同性である女性記者の心をざわつかせる、奇妙な魅力を持つ女。

驚くのは、これが約100ページ¬の「長めの短編」であることだ。

画家は本人か、もっと言うと、人はなにをもって「本物」というのか。こんなすごいテーマを思いついたら、作家は何百ページだって書けるだろう、書きたいだろう。お話が進むにつれ、画家は軍隊で何をしていたのか、というのが出てくる。さらに彼は本当はどういう画家で、戦争前、何に手を染めていたか、という話もある。

しかし、作者・高山羽根子は約100ページで勝負した。女性記者を、謎をあばくヒロインにしなかったのがなによりすばらしいと思う。

彼女はただ、訪ねて回った人たちが話してくれたことを受け止める。それは真実かと裏付けを探したり、あらわになる驚愕の数々を世に知らしめようとしたりしない。おそるべきことを、たんたんと、短く。だからこそ、登場人物たちがポロっともらした言葉がすごく印象に残る。

たとえば画家のすっぱな愛人の、
「日本人の全員の精神が一度、大きい力でぐちゃぐちゃにされてから玉砕してさ、そのあとまぜっかえされてまたバラバラの人間にされたのさ、なにが変わっただのなんだのと言っちゃいられないよね。頭数さえ合ってりゃまだましなほうでさ」
というせりふ。

「人は、まったく同じものがふたつ以上あると、ひとつを本物、残りを偽物と決めないと落ち着かない生き物なのかもしれませんね」という女性記者自身の言葉。

究極の状況で人間は本性をあらわす、と言われてるけど、逆にどういう人間かわからなくなる。透明になって、どこにでも侵り込み、また消え去る。それも戦争の恐ろしさだな、と思った。サイレントで美しく、どこか不気味さもある大傑作!


 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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