【第80回】間室道子の本棚 『黒武御神火御殿』 宮部みゆき/毎日新聞出版

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『黒武御神火御殿』
宮部みゆき/毎日新聞出版
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「くろたけごじんかごてん」と読む本書は、宮部みゆき先生の「三島屋変調百物語」シリーズ六作目。

江戸の袋物繁盛店・三島屋に、口入れ屋に吟味された客がやってきて怪談を話す。ここでのことは、語り捨て、聞き捨て。一対一の百物語。語り手が欲しているのはご祈祷や解決ではない。過去の不思議と今も続く自分の胸のつかえを吐き出したいのである。聞き役だった店主の若き姪・おちかが前作でお嫁に行ったため、本作はお店の次男坊・富次郎が跡継ぎ役になるシリーズ第一弾でもある。

人気シリーズのメインを途中で変える、しかも片や影を背負って生きてきた生真面目な娘、片やまっすぐな心根だけどどこか頼りない次男坊、というのは作家にとって勇気がいることだったと思う。さしずめのんさんに怪奇なできごとを聞いてもらおうと出かけていったら選手交代でEXITの兼近さんが出てきたかんじ!?

びびりではないが、旧友だったことが判明したその日の客に、その話では人が死ぬのか、と前もって聞いたり、途中で「それ、亡霊だよ!」と叫んでしまったりする。この富次郎の不慣れに味がある。やれやれ、できるのかい、おっ、その調子だよ、とどんどん気にかけ、いつのまにか登場人物を愛している。これぞ宮部先生の真骨頂。

そして第一話の彼の心の中で語られてることだが、艶話でもある怪談は、若い娘が聞き役では三島屋に持ち込めないだろう。富次郎シリーズではこれが書ける。

本書はその男女の禁断の肉弾戦の話でもある「泣きぼくろ」から、ダンジョンゲームをほうふつとさせる表題作まで四話が収録。考えたのは、ぜんぜん身に覚えがないのに怪異に見舞われるのと心当たりがあるのでは、どっちが怖いだろう、ということ。おそらく多くの人が、怖いのは後者だ、なにかをしでかした自分を責め、相手の怨念におののき、内臓が縮み上がる、とおっしゃると思う。

でも、何もしてないならお祓いぐらいしかなすすべはないが、「もしやこれはあの時の」と思いあたることがあるなら行動ができる。心と体を動かすことで、開けることもある。

私が一番感動したのは、三話目の「同行二人」だ。

主人公はある身体能力から、江戸の花形の職業につくことができた。昔は義理の父とうまくいかず、喧嘩っぱやさで自分の名前が広がるのを自慢に思うような男だったが、妻子を持って初めて、継父の苦労や感謝の心を理解するようになった。だが幸せは奪われる。

これは若い頃の横暴と傲慢のツケなのか、でもなぜ苦しみは俺ではなく何の非もない家族に降りかかったのか。自分の家だけでなく何人もが同じ災難に遭った。だったら悪いのは俺の過去ではなく運なのか?でも「運じゃ仕方ない」などという理不尽を、どうやったら呑み込める?

毎日同じ考えを頭の中でどうどうめぐりさせ、死んだ心でひたすら手足だけを動かし激務を続ける彼に、ある日へんなものが憑いた。

どうやっても振り払えず、なぜこんなものが俺に、こいつの事情は何なんだ、と必死になるうち、彼に思いがけないひとときが訪れる・・・。

怪奇ははた迷惑だったり恐怖に人を震え上がらせたりするけど、人生に落としどころをつけてくれることもある。三島屋で語られるのは人死にや化け物の話。でも終わってみれば、語り手と聞き手、そして読者の心に残るのは、誰かが必死で生きてきたこと。それが深い読み味となる。


 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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