【第89回】間室道子の本棚 『クロス』 山下紘加/河出書房新社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『クロス』
山下紘加/河出書房新社
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ラブドールを手に入れた中2男子のてんまつを描いた『ドール』で文藝賞を獲った著者の二作目は、女装にドはまりした男の物語で、すごく面白かった。

タケオという人物が「私」と性交しているシーンから物語は始まり、すぐに「私」も男であること、ウィッグやグロスをつけていることがわかる。

「私」は現在28歳。妻の存在に読者はまず驚くと思うが、短髪でスレンダーで恋人時代から割り勘を好むような妻とは真逆の、体つきやファッション、部屋の状態まで(片づけられない女なのです)「イカニモ軽い女」な愛人がいることに、皆さん仰天するだろう。この娘がある夜ふざけて「私」にチャイナドレスを着せメイクをしたことから、主人公は欲望に目覚めていく。

そもそも「私」には男女の優先認識があまりない。憧れの先輩に彼女ができた学生時代、どうすれば今までどおり彼と同行できるだろうと考え、自分も恋人を作った。そういう心根なのである。また「私」は警備会社の仕事をしており、専業主婦の妻に生活費を渡していたが、共働きになったのを機に給料の管理をすべて任せて自分をお小遣い制にした。そして妻からお金をもらう時、性別が逆転したみたい、と思うのである。金銭の事情や働き方も、性をクロスする元になっているのが今っぽい。

また、愛人宅で初めて黒のストッキングに脚を通した主人公が、翌日スラックスの下にそれを穿いて出勤し、一日過ごしてみるシーンがエロチック。周囲に淫靡な隠し事をしているというより、おおらかな解放感に満ちている。主人公が身につけているのは黒いナイロンの布ではなく「自由」なのだ。

そしてある日、圧倒的な美しさを持つタケオと出会い、「私」は心身ともにのめり込む。しかし、夫として妻とセックスする、不倫男の身分で愛人娘を抱く、その娘にメイクしてもらったあと女の顔で彼女と交わる、女装して男であるタケオに抱かれる、という姿と性愛の交差を繰り返したすえに、主人公は不安にかられ出す。

読みどころは、黒のストッキングが象徴した、どこにでも行ける思いは間違いだったのではないかというあせりだ。だって男女の自認は今どちら?恋愛対象は何?それすら瞬時に変わりそうな自分はどこにも行けないし、どこにもいないのではないか・・・。

女装や性の横断というコアなテーマを扱いながら、「自由って何?」「存在するってどういうこと?」という私たちの根源に迫る問題作。共感できる人は多いはず!


 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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