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【第91回】間室道子の本棚 『よその島』 井上荒野/中央公論新社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『よその島』
井上荒野/中央公論新社
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大昔、愛の究極の表現として「きみのためなら死ねる」というのが流行った。類似で「きみのために戦う」とか「きみを守る」などが、いろんな作品や日常のせりふで(!?)聞かれたけど、相手のためにどれだけのことをやったら、人は愛の証明と見てくれるのだろう。殺人はどうだろう?

物語開始4行目で、夫が妻の手を見て「これは殺人者の手だ」と思う。本書はこんなショッキングな出だしだ。

七十六歳の夫と七十歳の妻である碇谷夫妻、そして夫人と同い年の男性作家・野呂。この三人が東京からプロペラ機で三十分の島で同居生活をすることになる。移住の初日、ハンドバッグを渡してやりながら夫は4行目の思いを抱く。なぜこんな重大なことをもう何年も忘れていたのか。思い出さないように心に掛けた鍵が島に来た安心感で開いたのだろう―お話が進むにつれ、夫の頭の中をほんとうにいろんな記憶がぐるぐるとめぐっていく。

彼はアンティークのお店を経営しており、四十代の頃はテレビのお宝鑑定団的な番組に出る有名人だった。複数の浮気があり、そのうちの一人と深い仲になった。一年ほど続いた関係は最後には泥沼となったが、ある日ぷつりと終わった。なぜなら妻が女を・・・。夫は三十年前の出来事から妻を守ってやれるのは自分しかいないと思っている。だが。

一方、妻も島に来てからの夫の変化に気づく。ずるい顔、嘘つきの顔、後悔の顔はいくどとなく見てきたけど、夫はなんだかおかしな表情で私を見るようになった。やがて。

この夫婦に、住み込みの家政婦さん、彼女の小学一年生の息子、島のカルチャーセンターでエッセイの講師を始めた野呂にふってわいた恋とそのお相手女性、野呂の小説が映画化されることになり撮影隊とともに島にやってきた人気男優がからむ。

読みながら、落ち着かなくなる。「サスペンスなので不穏さが続く」とは別の、進行している音楽の底で別なメロディがたえず流れている感じ。これがスゴイことに!

そして緊迫していながら「島」「高齢者」という設定がどこかのんびり感も醸し出す読み味とともにすばらしいのは、作者・井上荒野さんの男女の感情のひだの描き方だ。

たとえば、エッセイ教室の講師となった野呂が、お目当ての十五歳年下の女性に、なぜ毎回課題を出してもあなたは提出しないのか、恥ずかしいなら本当のことを書かなくたっていい、嘘八百を書けばいい、と言うと、女性は嘘を読まれるのも困るわ、と告げたあと「私がどんな嘘をつきたいか知られるのも恥ずかしいもの」と言うのだ。

また、妻は子供時代「三番大将」だった。遊び仲間はひとつ違いずつくらいで、近所のお兄ちゃんが一番大将で、その妹クニちゃんが二番大将、一番下の自分が三番大将。あたしはいつ二番大将になれるの、とクニちゃんに聞いたところ、怒った様子でつきはなされた。

当時はわからなかったが今なら理解できる。格付けは絶対的で、私は永遠に三番大将でいなければならなかったのだ。夫があの女に夢中だった頃、この思い出がよくよみがえり、夫が一番大将、女が二番、自分は三番大将なのだろうと考えて、少し笑えた。そして女に「私はいつ二番大将になれるの」と聞いているところを想像したりした、と回想したあと、妻はこう加えるのだ。「知りたかったのは女の答えではなくて、夫の答えだったのだけれど」

「この家にはひみつが多すぎるんです。もう誰が誰に何を隠しているのかよくわからなくなってしまった」というせりふが刺さる、幾重もの愛のドラマ。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)などがある。
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