【第92回】間室道子の本棚 『弁護士ダニエル・ローリンズ』 ヴィクター・メソス/早川文庫
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『弁護士ダニエル・ローリンズ』
ヴィクター・メソス/早川文庫
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ダニエル・ローリンズ。女性。弁護士。裁判所にふさわしいとは言えないよれよれの姿で出廷し(なにせたいてい二日酔い)、ろくでもない依頼人のためにろくでもない検察や判事とわたりあう日々。
愛する元夫とかわいい息子は嫌~な女(スゴイ趣味がある)と現在暮らしており、まもなく式を挙げるらしい。離婚の原因が夫にあったなら、ダニエルはおそらく前に進める。あんなろくでなしは願い下げだとか次はいい人に巡り合えるとか。しかし幸せを壊したのは彼女のほうの浮気だった。自分の宝物を自分で放り投げた愚かさと後悔にさいなまれているのに、大嫌いな女がそれを手にし、すきあらばこちらに見せびらかしてくる。こりゃダニエルが毎日大酒を飲みまくるのもしょうがない!
そんな彼女の元に中年夫婦がやってくる。未成年の息子が麻薬取引の容疑で捕まったというのだ。この子にはある事情があり、もう誰が見ても彼が犯人だなんてぜったい思えないはずなのだ。そもそも押収されたコカインは八キロで、そんじょそこらの子供が入手できる量ではない。しかも麻薬を売ろうとしていたとされる相手はストリートギャングの大物だった。くりかえすがこの少年は、お金や富の価値を理解しておらず、何かを売ろうと思ってもどうすればいいかわからないという状態にあるのだ。
だが少年法が適応されなかったうえに異常なほど手続きが迅速に進み、この子は成人扱いで裁かれることになる。間違いを指摘しても無視され、なぜそこまで?本気なの?と思いたくなる事態がまかり通っていき、ダニエルは怒りを超えて謎を感じる。
最初は少年の事情のせいで、次には彼の外見のせいで、差別されていると思っていたが、検察、警察、そして判事の思惑があらわになっていくにつれ、彼女は病んだものの深さを知る。
ぜひ読んでほしいのは、著者あとがきだ。リーガル小説を書いていると読者から”本は面白かったけどこんなの現実には絶対起きないでしょ”というメールが大量に届くそうだ。でも最初は検察官として、のちに弁護士として、十年以上刑事事件に携わってきた著者・ヴィクター・メソスは「どの作品も、実際わたしが経験した事件を題材にしている」と書き、「どの事件も根底にあるものは同じだ。法制度は力のない弱者を叩きつぶすために作られている」と続けている。
この怒りを、どす黒い巨悪小説ではなく、ユーモアを交えた作品に仕上げているのがいい。
誰が何のために少年を利用したのか。ラストまで「あっ、そうだったのか!」が止まらない!!
ダニエルが素晴らしいのは「正義」という言葉を自分の側に使わないこと。黒幕たちの行動からわかるように、「私が正義だ」と思ったら最後、人間は「大きな正しさを施行するためには誰かの小さな人生がつぶれるぐらいしかたない」と思うようになる。そして力を振るうべき相手ではなく、力を振るいやすい者を選んで、蛮行におよぶ。
正義も悪も知ったこっちゃない。今自分がやるべきことをやる。なんという潔さ。そんなダニエルが大好きだ!早川書房さん、二作目はないのかしら?
愛する元夫とかわいい息子は嫌~な女(スゴイ趣味がある)と現在暮らしており、まもなく式を挙げるらしい。離婚の原因が夫にあったなら、ダニエルはおそらく前に進める。あんなろくでなしは願い下げだとか次はいい人に巡り合えるとか。しかし幸せを壊したのは彼女のほうの浮気だった。自分の宝物を自分で放り投げた愚かさと後悔にさいなまれているのに、大嫌いな女がそれを手にし、すきあらばこちらに見せびらかしてくる。こりゃダニエルが毎日大酒を飲みまくるのもしょうがない!
そんな彼女の元に中年夫婦がやってくる。未成年の息子が麻薬取引の容疑で捕まったというのだ。この子にはある事情があり、もう誰が見ても彼が犯人だなんてぜったい思えないはずなのだ。そもそも押収されたコカインは八キロで、そんじょそこらの子供が入手できる量ではない。しかも麻薬を売ろうとしていたとされる相手はストリートギャングの大物だった。くりかえすがこの少年は、お金や富の価値を理解しておらず、何かを売ろうと思ってもどうすればいいかわからないという状態にあるのだ。
だが少年法が適応されなかったうえに異常なほど手続きが迅速に進み、この子は成人扱いで裁かれることになる。間違いを指摘しても無視され、なぜそこまで?本気なの?と思いたくなる事態がまかり通っていき、ダニエルは怒りを超えて謎を感じる。
最初は少年の事情のせいで、次には彼の外見のせいで、差別されていると思っていたが、検察、警察、そして判事の思惑があらわになっていくにつれ、彼女は病んだものの深さを知る。
ぜひ読んでほしいのは、著者あとがきだ。リーガル小説を書いていると読者から”本は面白かったけどこんなの現実には絶対起きないでしょ”というメールが大量に届くそうだ。でも最初は検察官として、のちに弁護士として、十年以上刑事事件に携わってきた著者・ヴィクター・メソスは「どの作品も、実際わたしが経験した事件を題材にしている」と書き、「どの事件も根底にあるものは同じだ。法制度は力のない弱者を叩きつぶすために作られている」と続けている。
この怒りを、どす黒い巨悪小説ではなく、ユーモアを交えた作品に仕上げているのがいい。
誰が何のために少年を利用したのか。ラストまで「あっ、そうだったのか!」が止まらない!!
ダニエルが素晴らしいのは「正義」という言葉を自分の側に使わないこと。黒幕たちの行動からわかるように、「私が正義だ」と思ったら最後、人間は「大きな正しさを施行するためには誰かの小さな人生がつぶれるぐらいしかたない」と思うようになる。そして力を振るうべき相手ではなく、力を振るいやすい者を選んで、蛮行におよぶ。
正義も悪も知ったこっちゃない。今自分がやるべきことをやる。なんという潔さ。そんなダニエルが大好きだ!早川書房さん、二作目はないのかしら?