【第93回】間室道子の本棚 『クスノキの番人』 東野圭吾/実業之日本社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『クスノキの番人』
東野圭吾/実業之日本社
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面白いなあと思ったのは、クスノキの番人が、自分が何をしているのかよくわかっていないところ。

通常「番人もの」(?)の主人公は、守っている神秘や力を理解しており、「おろそかにしたらたいへんなことに!」の自覚があるものだ。威力を知らない場合は「誰のために」が熱意のもとになる。「詳細は聞かされてないけど、偉大なる王のために!」とか「美しき姫よ、ご安心あれ!」などなど。

ところが本書の青年はちがう。二十代前半の玲斗は、片田舎の神社の社務所に住み、奥にあるクスノキの番をすることになった。巨木に開いた空洞は、昼間は出入り自由。パワースポット好きの女性たちがちらほらやってくる。しかしご神木に続く道が立ち入り禁止になる夜に秘密があった。予約を入れて来る人がいるのである。玲斗が知らされているのはここまで。厳格な手続きがある名簿で名前を確認し、蝋燭を渡してお祈りが成功しますようにと口上を述べるけど、夜中の訪問者がクスノキの中でなにをしているのか、木に祈念するとはどういうことか、わかっていないのである!

番人を命じたのは大企業の顧問をしている柳澤千舟だった。とつぜんあらわれて玲斗のピンチ(警察沙汰、宿なし、仕事なし)を救い、若くして亡くなったあなたの母親の年の離れた異母姉妹だと名乗った七十歳近い女性。でも恩は感じても「この人のために大木死守!」とはならない。なにせ急にできた親戚にすぎないし、やるべきことはひととおり教えてもらったけど、「昼間の牧歌的雰囲気に比べて夜の人のマジっぷりはヤバい」「祈念の効果=願いが叶うってこと?」「そんなことを彼らは本気で信じているのか」という玲斗に、千舟の答えは「いずれわかる日が来る」。質問放置、祈念の場はのぞき見厳禁!

さらによくある番人ものと異なるのは、夜の予約者たちの反応だ。玲斗がさぐりを入れようとすると、皆にやにやしたり、柳澤さんに教えないでくれって釘を刺されてるからなあと言ったりする。クスノキが神のごとき存在なら、「あれでは頼りない、交代させろ!」と怒りや抗議が起きそうだけど、玲斗の無知に彼らは寛容または無関心だ。さあ、クスノキとはなにか。

こんな新米番人に、夜の神社に忍び込んだおじゃま虫や、有名和菓子屋の常務取締役の老人に付き添われ、いやいや祈念に来る金髪青年などがからむ。

読みながら考えたのは、まず「ホーム」ということ。ホステスをして、不倫の果てに産んだひとり息子を育てるためがんばった母と、母亡きあとその代わりとなってくれた祖母は、玲斗に敬語やお箸の使い方を注意することはなかった。不憫な思いをさせている子だからと、ついついの甘やかしがあったろうし、「その日を暮らしていこう」で精一杯で、この子が外から見たらどんな青年になっているかまで、目がいかなかったんだと思う。

一方千舟は十代後半ですでに、柳澤家を背負うのは私だ、という立場になった。自分の行動は家に影響する。今することはその日ばかりでなく、未来につながる―この考えが、ホテル企業として柳澤グループが躍進する信念、理念となっていく。

もうひとつの注目は「存続」だ。家が続くとは、「血」や「家訓」、「才能」なんかもあるだろう。内だけを見てくつろぎを感じればよかったホームと、外に目を向けることで力を深めたホーム。対照的な育ち方をした若き甥と高齢の伯母は、クスノキの謎を通じてどう地続きになっていくか。そしていやいや金髪青年とお付きの老取締役、さらに夜のおじゃま虫と今は亡きある人物など、すごく分断されているように見える者たちが、どう思いを渡し、つながっていくかが読みどころ。

玲斗が発見していく夜の訪問者たちの祈念のサイクルと共通点、そして千舟の秘密など、ミステリとしての面白さもふんだんにあり、楽しめる。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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