【第98回】間室道子の本棚 『村上T 僕の愛したTシャツたち』 村上春樹/マガジンハウス

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『村上T 僕の愛したTシャツたち』
村上春樹/マガジンハウス
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『ポパイ』誌連載の、村上春樹さんのTシャツの本。「コレクション自慢」ぽくないところがまず面白かった。

私の考えでは、コレクターという人種は入手したモノ以上に、自分がどういう方法(=しばしば「いかなる苦労」と同義語)をしてこれを得たかを語りがち。でも本書の帯には、Tシャツが「集まってしまった」とあり、他力本願というか、自然現象、不可抗力のように、「気づいたら部屋に段ボールがいくつも積みあがっていて!」が新鮮。

また、服のコレクターは、似合うかどうかを重要視するものだ。ハイブランド好きで「私は着ないけどデザインがいいから買うの」はおそらくいないし、Tシャツファンだって、お店の中で鏡を探し、気に入った一枚を胸に当ててみたりしているはず。でも、村上さんには、「着ない&着られないけど買った、もらって来た」も多い(たとえば、『ノルウェイの森』Tや大学T。) 。「なぜ着られないか」にもお人柄が出ていて、読みどころです。

「サーフィン」「ウィスキー」「レコード屋」など、毎回ワンテーマで四枚が紹介され、私がひそかに「村上さんて、あんがいゴシップ好きだよね」と思っている味がそこにあり、にやにやしてしまった。

著作としては、村上さんが80年代のアメリカの新聞、雑誌から、ヘンテコだったり異常だったりスキャンダラスだったりほのぼのしたりするお話を集めた『懐かしの一九八〇年代’THE SCRAP’』があるが、いきいきしたゴシップには伝染力がある。『村上T』でも面目躍如。

イェール大学の卒業式に招かれ、名誉博士号とともにもらった大学Tのくだりでは、式の隣の席がクインシー・ジョーンズで、彼とXXXX(さあ誰でしょう!)の話をしたことが明かされ、海イグアナTのところでは、ダーウィンがこの人たちに(村上さんはイグアナのことを「このひと」って呼んでます)した実験が書かれている。明日、誰かに教えてあげよう。

Tシャツは108枚紹介されており、首回りとすそがでろでろなもの、洗濯のしすぎでプリントが薄れたものもある。でも村上さんにとって、「これはもう捨てたら?」と言われることは「今までの生き方を捨てろ」と言われるのに等しいんじゃないかな。実はわが家にはそういうのが一枚もない。潔いのかもしれないが、捨てられないTシャツ一枚ない人生ってなんなのよ、と思う。

本書の中で私が気に入ったのは、ケチャップ会社ハインツのおそろしくリアルなケチャップ色のTで、「私はケチャップにもケチャップをかけて食べるの」と書いてあるやつ。あと、メキシコ製のトランプ大統領Tで、スペイン語で「ドナルドはアホだ」と書いてあるやつ。これはXXX・XXXX(あの人!)にもらったそうです。相手がシリアスな表情だったのか、笑ってプレゼントしてくれたのか、気になる。やっぱりいいゴシップ感満載の本だ。


 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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