【第99回】間室道子の本棚 『もし今夜ぼくが死んだら、』 アリソン・ゲイリン 奥村章子訳/早川文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『もし今夜ぼくが死んだら、』
アリソン・ゲイリン 奥村章子訳/早川文庫
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私は物語の中の「嗚呼あのときあの人があれを言っていれば」がキライである。たとえば名作映画の「純粋な人物が盗みの現場でひとり捕まり、周囲の人々が不信感を募らせているのに、そそのかした少女は、首謀者は自分のBFだし共犯扱いになるのが怖くて黙っている。そのうえ無垢な人物が彼女のかかわりを告げ口しないことを、愛だとわかってちょっと喜ぶ」という展開。「ティーンエイジャーの女の子ってそういうものよ」かもしれぬが、キーッとなる。勇気を出せ!根性を見せろ!と言いたいのである(昭和?)

ミステリのあんまり意味のない隠しごともキライで、もちろん全員が正直者だったらお話は成り立たないんだけど、「探偵が、犯人の名前は明日言います、と言ったあと三人殺された」とか「誰かが手紙を握りつぶしたことが物語をひっぱる唯一の鍵なのに、ラストに出てきたその内容はけっこうしょうもなかった」も嫌。推理小説における口つぐみは、読者の「なんだそうだったのか早く言えよ」を超えてくれる納得や驚愕がないと。

で、本書には、私が心の底から「そりゃあ、無理もない」と感じ入った秘密や嘘が出てきて打たれたので、ぜひ紹介したい。

舞台はアメリカの田舎町。十三歳の弟が夜明けに目をさましたら、四つ年上のお兄ちゃんがびしょぬれで部屋に入り込んでおり、弟のクローゼットで何かしていた。弟は兄の信用していいよな、誰にも言わないよな、という声を聞き、夢うつつでうなずく。朝、家に警察が来た。

そこからさかのぼること数時間、激しい雨の中、警察に元パンク歌手である五十代の女が酒の匂いをぷんぷんさせ、よろめき、泣き叫びながら入って来た。私の愛車が黒づくめの男に乗っ取られ、悲鳴をあげたら誰かが駆けつけ身を挺して止めようとしてくれたけど、轢かれてしまった、と言うのだ。

勇気あるヒーローはさきほどの兄ちゃんの高校の同級生リアムだった。さわやかを絵に描いたような彼は男女を問わず人気者。一方お兄ちゃんは変わり者で「悪魔崇拝者」と噂されており、友達はいない。リアムを轢いたのは誰なのか。

事件に兄弟のママ、離婚して理想の家庭を別につくりあげたパパ、ママの友達のヘレン、ヘレンの娘で反抗ぎみのステイシーをはじめとするリアムの仲間たち、女性警察官パール、地元愛あふれる同僚などがからむ。

パンク歌手はいくつかの嘘をついている。ひとつはプライドのため、もうひとつは恥のため、あとはバレると犯罪になるから。

パールは過去に大事件を起こしていた。不可抗力であったが、そのことが恋愛やかつての所属署の人間関係など、人生に影を落としている。そして疎遠になった彼女の父親は・・・。

どの秘密も「そりゃあ、黙っていたいだろう」とうなずける悲しみや驚きを秘めているが、究極は兄ちゃん。雨の夜、彼は何をしていたのか。もはや「勇気やど根性や正義感があれば」ではない。十七歳男子でこんな状況にあったら、言えない言えないもう言えない。最上級の切なさがここにはある。アメリカ探偵作家クラブ賞受賞作。


 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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