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【第100回】間室道子の本棚 『一人称単数』 村上春樹/文藝春秋

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『一人称単数』
村上春樹/文藝春秋
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八編が収録されていて、いくつかに共通するのは「男性が女の人に思いもよらぬ目にあわされる」ということ。

全部が「ひどい目」というわけではなく、バイト先の年上女性の送別会の夜、彼女が主人公の男の子の部屋についてきて、服を脱ぎだす「十代男子のあこがれ」のような話もある。そのあと送られてきたもののために、彼は彼女のことを今も覚えている。

デートの日、ガールフレンドの自宅に迎えに行ったらすっぽかされていて、当人がいないその家で変な体験をする大学生の話もあれば、昔ピアノ教室で一緒だった女の子からの招待状とその顛末、というお話もある。

私がもっとも面白いなあと思ったのは、とても醜い女の人と知り合う男性のお話。

主人公は五十代で、あるクラシックのコンサート会場で、今まで会った中でいちばん醜い顔をした女性と知り合い、音楽の趣味が合って親しくなる。とくに「世界のピアノ曲から一曲だけを残すとしたら、何がいいか?」という質問への彼の選択は彼女を興奮させ、以来ふたりはこの曲が演奏される会があれば同行し、ピアニストの違うレコードやCDを集めては、たまに郊外の彼の家で、多くは都心の相手のマンションで一緒に聞いた。

互いに既婚者だったが、高価なオーディオ装置のある豪華な家で、彼女の夫の姿を見たことはなかった。また主人公の妻は嫉妬をまったく見せなかった。なぜなら女が本当に醜かったからだ。

付き合いが半年ほど続いたある日、彼は意外なところで女性の姿を見る。それは……。

これらの主人公たちは、「なぜ自分だったのか」や「どうしてこうなった」に心当たりがない。そのうえで、原因やその後の追求をしないのが読んでいて不思議だった。あなたのほうの勘違いだと言いくるめられたり、傷つけられっぱなしだったり、なす術なしだったりなのだ。

でも男にとって、女性は夜の夢のようなものなんだろう、と考えたらナットクできた。昼間にあったことをふり返ったり、見た内容を分析したりはできるけど、深追いしたところで夢に手ごたえなどないし、「もう見ないようにしよう」もできない。ある種の女たちはいつでもするりと彼らの人生に入り込み。甘美な悪夢めいたひとときを与え、消える。

名前も顔も忘れた女、高校生の時廊下で一瞬すれちがって、そのあとなぜか一度も校内で出会えなかった少女にさえ、彼らは囚われ続ける。幸せだとか迷惑だとかの価値を超えたところで、男の現実世界に不意打ちをかける謎めいた存在。どうです、「夢の人」みたいでしょう?

 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)などがある。
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