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【第105回】間室道子の本棚『森の文学館 緑の記憶の物語』和田博文編/ちくま文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『森の文学館 緑の記憶の物語』
和田博文編/ちくま文庫
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辞書によると、森とは「樹木がこんもりと生い茂っているところ」で、私のイメージでは「平地に」とつけ加えたい。大昔から平らなところは住むか田んぼになるかだったわれわれに森の印象はあまりなく、ふんだんにあるのは山だ。

合言葉でも、海といえば、山。なにせ海彦山彦である。川といえばも、山。「おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へせんたくに」である。金太郎がすもうを取るのも山、タイトルずばりの「かちかち山」、名前がずばりの山んば。さとるのばけものや雪女が出るのも山の中だ。

木々がえんえん生えている手つかずのところは原生「林」。富士の裾野に広がるのは樹「海」。あくまで森は使われぬのだな、と思っちゃう。

森が暮らしに密着しているのは圧倒的にヨーロッパである。人を棄てる場合、日本では「姥捨て山」だが、ヘンゼルとグレーテルが父親に連れていかれるのは森。赤ずきんが狼と遭遇するのも、七人の小人が住んでいるのも、ラプンツェルの城があるのも森。タイトルずばりの「眠れる森の美女」も!

というわけで、われわれが知る森は実物ではなく、グリムやペローの童話の場面が大半ではないか。そして日本のおはなしの山が、男子、男性が鍛えられたり化かされたりする場所であるのに対し、童話の森は、女性と女の子の受難の場だ。森ってなんだろう?と、あらためて思う。

で、今回紹介するのが『森の童話集』。おお、すべて日本人作家だ、わが国にそんなに「森もの」が?と驚いたが、欧州を旅した時のエッセイや、登山や高原の話も収録されている。

私の唯一の森体験もベルリンだ。二十分も歩けば有名観光名所やにぎやかな大通りがあるのが信じられないくらい、そこは静まり返っており、踏み込むとすぐ、四方が見分けのつかない眺め=同じ高さと同じ太さの木、木、木、木、木、木、木になり、自分がどちらから来たのかわからなくなる。浮かぶ形容詞は「黒い」。枝葉にさえぎられて陽が差さないから「暗い」なのだが、あそこは「黒い森」だった。なんというか、いる間、「呑まれている」かんじ。

こんな森の本質をずばり突いているのが、冒頭に収録されている村田沙耶香さんのエッセイ「まっくら森の歌」だと思った。

「小さいころ、私にはこの歌が一番好きだった。この歌が大好きなことを、誰にも秘密にしていたくらい、私にはこの歌が大切だった」 この書き出しは森そのものだ!

NHK「みんなのうた」であるこの曲はYou Tubeで見れるんだけど、エッセイから想像したのとは違って、たんたんとしていた。だから歌そのものではなく、そこに映る村田沙耶香さんの内面に、黒々としたあやしさが広がっているのだ。なにせ彼女は歌詞には出てこないもの・・・歌のアニメを一瞬横切り、そのあとまた数秒で消える「おじさん」に心とらわれ、あれこれ夢想している。そして「まっくら森の歌」を作ったのは女性シンガーソングライターだ。

そう、女の子はけっして呑まれっぱなしではない。おののき怖れながら、いつしか自分の内側に森を取り込み、男たちが思いもよらないやり方で、遊ぶ。

伊藤比呂美さん、池田香代子さんの作品もおススメ!
 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)などがある。
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