【第111回】間室道子の本棚 『内なる町から来た話』ショーン・タン 岸本佐知子訳/河出書房新社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『内なる町から来た話』
ショーン・タン 岸本佐知子訳/河出書房新社
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絵本『遠い町から来た話』の続編。なにが書けるかな、という「自分のお話づくりのおためし」的にいろいろやっていた前作とくらべると、動物をテーマにした本書にはシリアスな作品が多い。

冒頭に作家アリス・ウォーカーの「この世の動物たちは、誰かのために存在しているのではない」という言葉がある。二十五話にはほのぼの系もあるのだけど、人間たちが動物にしてきた悲惨なことがたくさんでてくる。「こんなひどいことしちゃだめだよね」という傍観の感想ではなく、「これは私のしたこと」という当事者意識で刺さってくるのがすごい。

サメのお腹を割いたことはないし、サイを撃ったこともない。でもこの一頭をだいなしにしたのは私かもしれない、ありうる、というドキドキが満ちてくるのだ。

動物たちは、人間に利用されるだけされている、と苦しくなるが、でも私はどうしても、彼らからの愛を感じてしまう。

アリス・ウォーカーのお叱りごもっとも、とうなだれつつ、本書の読後も、動物が近くに来ると「移動してきた」ではなく「寄り添ってくれた」と思うし、顔を向けられれば「見つめてくれた、視線ではげましてくれた」とあたたかくなる。

罪悪感を軽減するための都合のいい妄想かもしれない。でもこの本でショーン・タンが表したかったのは動物の独立性のほかに、彼らからの愛をほしがる人間の愚かさ、かなしい勘違い、行き場のない片思いのような気がした。

それにしてもあいかわらず鬼のように絵がうまい。「絵本作家」というファンシーな肩書きが一般的だが、彼には江戸の「絵師」に通じる気骨を感じる。

私は俵屋宗達が好きだ。代表作はド派手な「風神雷神図」だけど、京都の小さなお寺・養源院に杉の板絵が二枚ある。描かれているのは象だ。

みんな、象はたいてい真横から描くと思う。でかい図体、大きな耳、長い鼻、堂々とした牙、太くて短い四つ足、くるんとしたしっぽが一画面におさまるからだ。でも、養源院のものはなんとななめ45度である。誰がこんな角度で象を描こうと思うだろうか!

驚くのは、それでも「これぞ象の要素」がすべて入っており、そのうえで単純な横絵をはるかに超える、「なんて奇妙ないきものなんだろう」という驚き、人間が巨大な生き物を見るときの怖れや興奮が、えもいわれぬ感じで伝わってくることだ。

ショーン・タンの本書にも「よくもまあ、こんな角度からこの動物を」が満載。私のお気に入りはシャチ。(シャチなのにエビ反りなのだ!)

ヒツジを描きました、ブタを描きました、馬を描きました、ではなく、動物を通して、ショーン・タンは世界をこんなふうに見ているんだな、というのがまるごと感じられる一冊。「ショーン・タン作品といえばこの人!」である岸本佐知子さんの訳が今回もしっとり。
 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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