【第115回】間室道子の本棚 『地下鉄道』コルソン・ホワイトヘッド/早川文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『地下鉄道』
コルソン・ホワイトヘッド/早川文庫
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本書はピューリッツァー賞、全米図書賞といったアメリカの大きな文学賞を総なめにし、さらにSFの賞であるアーサー・C・クラーク賞も受賞。どんなお話かというと、時は南北戦争の少し前。主人公は黒人の奴隷少女だ。

史実として19世紀、南部でひどいめにあっている奴隷たちを安全な北部に逃がす秘密組織「アンダーグラウンド・レイルロード」=「地下鉄道」があった。もちろんこれは名付けに過ぎない。時代はようやく地面に線路が敷かれ、汽車が走り始めた頃。何百キロも続くトンネルを掘る技術なんかない。地面の下をひそかに走る列車はない!

でも、もしほんとうにあったら。本書はそういう話なのである。

おばあさんは、他人に所有されている人生からは逃げ切れない、と心底思い知らされながら一生を終えた。お母さんはある日、娘を置いていなくなった。主人公のコーラは、現在十五歳。奴隷仲間から差別され、最下層の身分にいる。どの集団でも、脱走者が出れば連帯責任とされ、御主人様からのしめつけがきびしくなる。母親の失踪のせいで、彼女はここ数年仲間外れだ。

コーラは新人奴隷のシーザーから、一緒に逃げようと誘われる。実は南部から北部まで、地下に鉄道が通っていて逃げられる。手引きしてくれる人もいる、と。

脱走の失敗は死だ。危機の連続を経て、二人はなんとかサウス・カロライナまで辿り着く。まだ南部だが、今までいたジョージアよりはるかにいい。ここで次の汽車が来るのを待とう、となる。

新天地は二人にとって、天国だった。町を歩き、学校に行けて、仕事が選べて、好きな相手と結婚できる。コーラが自由を噛みしめるたび、「よかったね」ではなく、今まではこんなことすら、と胸が痛くなる。次の列車の話が来ても、コーラとシーザーは「もう少しここに」あるいは「ここが最終地点でもいいのでは」という気持ちになる。

しかし表面に出ていないだけで、サウスカロライナでも何かは行われていた。

コーラはある日、医者から思いもよらないことを勧められる。これにより彼女は思うのだ。結局白人たちは黒人をうまく管理し、コントロールしたいだけじゃないのか・・・。

一方ジョージアの農園はすご腕の奴隷追跡者を雇った。因縁があり、この男が唯一追いきれなかったのがコーラの母だったのだ。誰も俺からは逃げられないと豪語してきたのに、どこにもいない。完全に消えた。名声を台無しにされた男はリベンジとして娘を追う。

コーラにふりかかる、裏切り、密告、襲撃事件、そして・・・。息をもつかせぬ大傑作!

悲惨なシーンもたくさん出て来るけど、「この時代に地下に列車が走り、黒人たちが町から町へ逃げていく」というSF仕立てのぶっ飛びのおかげでじめじめしてない。不必要に読者をあおる残虐さは感じない。

逆にも作用するのが本書のすごいところ。史実をネーミングだけでなく事実として作品にぶち込む。これを思いついたときの、作者コルソン・ホワイトヘッドのやったぁ感、どかんと行くぞ、という力の限りのエネルギーが作品を貫いている。それに対比させるように、黒人が受けてきたことはあっさり描かれていく。人間が売り買いされ、暴力を受け、支配され、劣悪な環境に置かれた歴史が、叫びや訴えではなくたんたんと。なにも珍しいことじゃない、ただの日常だった、と。だからこそ、「ど真ん中の奇想以外はほんとうのことだ」とリアルな痛みが走る。そんな読み味。おススメ。
 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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