【第116回】間室道子の本棚 『アニーはどこにいった』C・J・チューダー/文藝春秋

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『アニーはどこにいった』
C・J・チューダー/文藝春秋
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デビュー作『白墨人形』は、「なんかへんなもの読んじゃった」という不気味さが残る作品だった。作者はホラーの帝王スティーヴン・キングのファンを公言しており、なるほど、「移動遊園地」「暗い森」という背景をはじめ、「姿を見ただけで一日が台無しになるほどの地獄の気分をもたらすいじめっ子」や「子供たちだけの奇妙な遊び」など、巨匠へのオマージュを書いたのね、ということがよくわかる一作目だった。そのうえで「キングもどき」ではないのがいいなと思った。

今さらかもしれないけど、キング作品の目玉は「大恐怖」である。町で、家で、小さな異変が起こりはじめ、その元に、いったいどうやってこれを倒したら、という圧倒的な「悪いもの」があるお話が多い。一方『白墨人形』の構成は「みんながちょっとずつやったへんなことが噛み合わさり、怪物めいた作用をしてしまう」。わたしがキングの登場人物になることは絶対にないけど、C・J・チューダーの作品には出ちゃうかも、というふわっとした不穏さが読後抜けない。だって人生は「あんなことになるなんて、思いもしなかった」の連続だから。

さて、チューダーの二作目である本書では、おお、中心に「超おぞましいもの」がある。でも「手も洗わず、うがいもせず、マスクもせず、人ごみを意味なくうろうろしてたら感染した。ウィルスって悪者だ」が通用しないように、大きな穢れに触れる前にすでに、傲慢や虚栄で心の根腐れを起こしている人がいろいろ登場。やはりみんなのちょっとずつのたくらみや隠しごとが、怪異の芽吹きになっている。「命は道を見つけるというけれど、ときには死も道を見つけるのかもしれない」というある登場人物の言葉が印象に残る。

ストーリーは、田舎町の家で女性教師が息子を殺して自殺。子供部屋の壁には異常なメッセージが書かれていた。この教師の後釜としてやってきた「ぼく」が主人公で、彼はここの出身なのだ。でも戻ってくるなんて、誰も思ってなかった。主人公自身、肥溜めのような故郷だと思っているし、学校のレベルは最悪。そして十五歳だった「ぼく」と七つ下の妹アニー、お父さんに忌まわしいことが起きた場所だからだ。

奇妙なのは、主人公があの教師の家に住みついたこと。「ぼく」がいろいろと下調べをしていること、さらにある意味彼がおびき出されたことが、わかってくる。

子供の頃の恐怖は、大人になっても変わらない、というキング節を受け継ぎつつ、キングにないところが面白い。たとえば「ぼく」は、惨殺事件が起きた家だというのを黙っていたな、と不動産屋をオドして家賃をねぎる。「事故物件だからと敷金を負けさせる主人公」。こんなのはホラーの帝王の作品にはでてこないんじゃないかと思う。さらに「チアリーダーのような容姿で性格は100%サイコ」という人物が登場。キングにないPOPなイカレ方が、本作の魅力だと思う。

どこがキングと同じかを探すよりも、ひょいひょい出て来るこの人ならではの冴えが心地よい。そんなC・J・チューダー。おすすめです!
 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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