【第117回】間室道子の本棚 『作家の秘められた人生』ギョーム・ミュッソ/集英社文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『作家の秘められた人生』
ギョーム・ミュッソ/集英社文庫
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世界的な人気を誇った小説家はなぜ三十五歳で断筆を宣言し、ある島で隠遁生活を始めたのか。

それから二十年。いまだに残した三作が売れ続け、カリスマであることに変わりない彼にどうしても自作を読んで欲しくて、デビューを夢見る青年は島に乗り込む。願いは一蹴され、すったもんだの末に大作家の足元に原稿が入ったバッグを投げつけ、若者は退散しながら思いつくのだ。処女作にアドバイスをもらうのではなく、これを書けないだろうか。彼に何があったのか、謎の人生まるごとを・・・。

一方もう一人、より狡猾な方法で隠遁者に近づこうとしている人物がいた。女である。しかもジャーナリスト。

青年と作家が、叶えられていないとはいえ師弟関係=強弱の様相を呈しているのに対し、女性記者と作家は、男と女の探り合い=対等な心理戦となる。

「女の武器を使った」ではないのだ。小説家は彼女を「麦畑に降り注ぐ暖かい光」「柔らかな十月の陽光」になぞらえる。感じているのは性欲ではなく命の輝きだ。美しさ、若さ、圧倒的な生気。二十年間寒さに震えてきた心に日が差してきた喜びを、彼は素直に感じる。でも引きずられるのは危険。

駆け引きにおいて、作家は不利だった。家には古い電話とタイプライターがあるだけ。何かあるときはニューヨークにいて今も万全のサポートをしてくれるエージェントに電話し、インターネットで検索してもらった結果を折り返しで聞いたりしているのである。これではだめだ。彼の頭の中に、自分の言うことに文句を言わずにしたがい、手足となって調べもの、あるいはそれ以上のことをしてくれそうな存在が浮かぶ・・・。

こうして作家と、彼を崇拝する若者、ジャーナリストの女性の思惑がぶつかりあい、本書の作者ギョーム・ミュッソおとくいの世界となる。つまり、文学の裏側とか男女の物語だと思っていたものが、地獄の扉開きまくりの展開となっていくのである!

「記述内容の真偽について」というあとがきに当たる文章の中で、ミュッソは登場人物や章のタイトル付けについて、モデルやヒントになったものを明かしているが、書かれていないことがある。世界の片隅(と言ってもパリから飛行機で二時間のところ)で起きたことの「真偽」。

欧州では有名で、書くまでもなかったのかもしれない。私はできごとの名前は知っていたけど、「そこでなにが」までは知らなかった。読後、地名とある漢字二文字で検索したら、名のある通信社の報道が複数出てきた。まだ「疑惑」「訴追」の段階だけど、起きたことは必ず暴かれる。

小説から世界の「真」を知ることもある。そんな作品。おすすめ。
 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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