【第121回】間室道子の本棚 『ゴースト』 中島京子/朝日文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『ゴースト』
中島京子/朝日文庫
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今回紹介するのは、文庫化された中島京子さんの『ゴースト』。

今までの中島作品にもちょくちょく不思議なお話があったけど、どれも日常と地続きの奇妙さ、通りすがりの異空間といった感じで、あまり「通常」と「異常」が離れてない。本書でも、誰が幽霊なのかわからないまま進むお話がいくつかある。幽霊譚でありながら幽霊自体を書きたいわけじゃないんだな、というのがうかがえる。では何を?

収録作七編すべてに漂うものがある。それはこの国の戦争の歴史だ。終戦記念日にはよく「あやまちは繰り返しません」とか「犠牲者のみなさん、我々を信じてください」とかが誓われる。でもこの本には「今のこれってあの時代と同じじゃん!」がたくさん出て来る。

第一話には、戦後ひとりで生きていかねばならなくなった十五、六の少女が登場。彼女は占領軍の中尉の家のハウスメイドを経て現地妻のようになり、それなりの生活をすることはできたけど堕胎を繰り返して体をこわす。中尉は彼女を置き去りにし・・・。

三話の主人公は戦争孤児の幽霊・ケンタだ。ときどき「出る」彼は、現代の日本で自分によく似た状態の女の子と知り合う。汗と垢が入りまじったにおい、汚いワンピース、ぼうぼうの髪。この子には母親がいるようなのだが、派手な格好のその女はアパートの部屋の郵便受けにお金(ちなみに二千円)を投げ込むとそそくさと立ち去った。女の子を仲間と思ったケンタは先輩風をふかし、はりきってあれやこれやの生き抜く方法を伝授してやる。

四話目にでてくる平成の女子高生は、渋谷の駅前で、「日本には外国人がものすごくいて、戦争になれば日本人を殺すテロを始めるので、いまのうちに彼らを追い出さねば」と主張する戦闘服姿の集団を見る。またある町で、先生に引率された幼稚園児たちが彼女の曽祖父が口ずさんでいた「ゴシャクノイノチヒッサゲテ」という歌を歌いながらお散歩しているのを見かける。インターネットで検索するとこの「学徒動員の歌」ほか、整列し、大人たちの前でいくつもの軍歌を披露する子供たちの姿が出てきた。

日本は今戦争をしていないのに、大人の男に利用される少女や、ネグレクトされた子供があちこちにいて、排他主義が拡声器で叫ばれ、森友学園のニュースでは園児たちが何を教えこまれていたかが明らかに。なんだか亡霊を見ているような気持ちになってくる。

先日ETVの番組で高名な歴史学者が、「”人類の賢さを見くびらないで”と私たちは言ってきたけれど、人類の愚かさを見くびらないで、と言ったほうがいい時代になった」と発言していたのを思い出した。

ゴーストはいつでも近くにいて、生きている者がどう進むか、今度こそ滅びて彼らの側に行くのか、なんとか世界は踏みとどまるのか、静かに見ていると思う。
 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)などがある。

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