【第126回】間室道子の本棚 『マナーはいらない 小説の書きかた講座』三浦しをん/集英社
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『マナーはいらない 小説の書きかた講座』
三浦しをん/集英社
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まえがきを読んでいて、おおっと思った。本書が「WebマガジンCobalt」のコラムであること、「コバルト短編小説新人賞」の選考をしていたことに続き、この賞について、「原稿用紙二十五~三十枚の短編という応募規定で、小説家になりたいかたが昔もいまも熱心に投稿してくださる、歴史の長い賞です」と綴られていたのである!
なにを驚いているかというと「小説家になりたいかた」。
たいていの文学賞は「作品を募集しています」とは言っても、応募者に「作家になりたいのか」とは聞かない。受賞作は書籍化しますと約束するところもあるが、イコール「あなたを作家にしてあげる」ではない。
書き方の本もそうだ。物語執筆の技術は書いてあるが、これでごはんを食べて行くつもり?とは聞いてこない。「小説家をめざす人のための」とか「作家の技術と生き方をさらす!」というのもあるけど、その部分は全ページの十分の一ぐらいで、男性の書き手が多くを占めるHOW TOものにありがちな人生論っぽい展開になっており、おおよそ「男の生きざま」的なことが書かれている。
「コバルト短編新人賞」の応募規定にも、ここからプロデビューする人がたくさんいます、とはあるが「あなたも作家志望ですよね?」という念押しめいたものはない。しかし本書はただの記念受験的な、一作できちゃったから応募してみようかな的な人ではなく、「小説家になりたいかた」を見据えている。「プロになる気でやるんですよね」が底に流れている本なのである!
それがもっともあらわれているのが「原稿用紙を身体感覚として取り入れる」だ。
手書きはもはや少数派で、しをんさん自身も原稿をパソコンで書いているが、日本語の原稿は今でも分量の基準が原稿用紙。もっと言うと二十文字×二十行の四百字詰め原稿用紙だ。だから出版社から小説やエッセイの依頼を受ける時は、「七十五枚で」「十枚で」などと言われる。この時「原稿用紙一枚ぶん」がどれくらいの分量なのか、身体感覚で掴んでおけば、三十枚で引き受けた場合、「これぐらいでまだ五枚。話がぜんぜん進んでいない」とか「二十五枚目に差し掛かった。そろそろ話を収束に持っていこう」とか、進行の目安になり、物語の駆け足や尻切れトンボが防げる、というのだ。
こんなアドバイスには小説の書き方本史上初ではないか。箱根駅伝、林業、辞書編纂、人形浄瑠璃・文楽など、いろんな業界の取材に熱を注ぎ、物語にしてきた著者ならではだと思う。しをんさんにとってプロとはおそらく、「その道の数値的なもの・・・呼吸、ペース、角度、文字数行数、声と音の配分などを体内に取り込んでいる人」だ。
ほかにも、「自作については友だちや同僚や家族などからの感想は求めないほうがいい」「十代前半で後世に残る小説を書いたという人がいない理由」「原稿を読むのが苦手な編集さんもいて、アドバイスや指摘が一個もないこともある」など、従来の小説講座にはなかった生々しいあれやこれやが満載。読み物として一級品。
なにを驚いているかというと「小説家になりたいかた」。
たいていの文学賞は「作品を募集しています」とは言っても、応募者に「作家になりたいのか」とは聞かない。受賞作は書籍化しますと約束するところもあるが、イコール「あなたを作家にしてあげる」ではない。
書き方の本もそうだ。物語執筆の技術は書いてあるが、これでごはんを食べて行くつもり?とは聞いてこない。「小説家をめざす人のための」とか「作家の技術と生き方をさらす!」というのもあるけど、その部分は全ページの十分の一ぐらいで、男性の書き手が多くを占めるHOW TOものにありがちな人生論っぽい展開になっており、おおよそ「男の生きざま」的なことが書かれている。
「コバルト短編新人賞」の応募規定にも、ここからプロデビューする人がたくさんいます、とはあるが「あなたも作家志望ですよね?」という念押しめいたものはない。しかし本書はただの記念受験的な、一作できちゃったから応募してみようかな的な人ではなく、「小説家になりたいかた」を見据えている。「プロになる気でやるんですよね」が底に流れている本なのである!
それがもっともあらわれているのが「原稿用紙を身体感覚として取り入れる」だ。
手書きはもはや少数派で、しをんさん自身も原稿をパソコンで書いているが、日本語の原稿は今でも分量の基準が原稿用紙。もっと言うと二十文字×二十行の四百字詰め原稿用紙だ。だから出版社から小説やエッセイの依頼を受ける時は、「七十五枚で」「十枚で」などと言われる。この時「原稿用紙一枚ぶん」がどれくらいの分量なのか、身体感覚で掴んでおけば、三十枚で引き受けた場合、「これぐらいでまだ五枚。話がぜんぜん進んでいない」とか「二十五枚目に差し掛かった。そろそろ話を収束に持っていこう」とか、進行の目安になり、物語の駆け足や尻切れトンボが防げる、というのだ。
こんなアドバイスには小説の書き方本史上初ではないか。箱根駅伝、林業、辞書編纂、人形浄瑠璃・文楽など、いろんな業界の取材に熱を注ぎ、物語にしてきた著者ならではだと思う。しをんさんにとってプロとはおそらく、「その道の数値的なもの・・・呼吸、ペース、角度、文字数行数、声と音の配分などを体内に取り込んでいる人」だ。
ほかにも、「自作については友だちや同僚や家族などからの感想は求めないほうがいい」「十代前半で後世に残る小説を書いたという人がいない理由」「原稿を読むのが苦手な編集さんもいて、アドバイスや指摘が一個もないこともある」など、従来の小説講座にはなかった生々しいあれやこれやが満載。読み物として一級品。