【第130回】間室道子の本棚 『瞳の奥に』サラ・ピンバラ 佐々木紀子訳/扶桑社ミステリー文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『瞳の奥に』
佐々木紀子訳/扶桑社ミステリー文庫
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何も知らないというのは恐ろしい。私はゲラ(本になる前の、原稿を刷った紙の束)でこれを読み始めた時、ユーモアミステリー、またはロマンスコメディーだと思ったのである。

主人公はシングルマザーのルイーズ。ある夜、バーで出会った男性に一目惚れし、互いに酔っぱらってキス。それ以上に行きかけたところで男の腰が引けてその夜はサヨナラ。翌朝、見ず知らずの人とあんなことを、と反省し、秘書をしている高級精神科のクリニックに出勤すると、新しいボスになる医者が妻同伴で新任の挨拶回りをしていた。それはあのバーの男性だった!

女房持ちだったのか。それにしてもいい男。でも動揺が激しすぎて会いたくない。奥さんはものすごい美人でエレガントで細身。ゆるみ切った自分とは大違い。かくして気づかれぬうちにデスクから逃亡し、トイレに20分立てこもるルイーズであった。

どうです!ユーモアミステリー、あるいはロマコメ?!と私が思うのも無理はない。しかし、ここからお話はどんどんへんな風になっていくのである。

新しいボスはデヴィッドという名だった。顔と服装のコンディションを良くしてトイレ潜伏の翌日出勤したルイーズを見て「あっ、あの時の!」となった彼と、あの夜の出来事を笑い合えた。この後は上司と秘書として「通常運転」していくんだろうな、と彼女は考える。でもなんと町で奥さんと出会ってしまった。名前はアデル。若く、美しく、はかなげな様子に魅了され、二人は親友の道へ。一方デヴィッドとは・・・。

三角関係小説なのか、と思えるあたりでストーリーはシリアスになっていき、ルイーズは人生に欠かすことのできなくなった男と女のどちらを信じたらいいのかわからなくなる。双方にトラブルや隠し事があるようだ。いや、一番の「問題」と「秘密」は、新しい上司にも新しい親友にもいい顔をしちゃってる自分ではないか!

物語はルイーズとアデルの視点から交互に描かれ、そこにアデルの過去である「かつて」という章が差しはさまれる。デヴィッドを挟む女二人は同じ「症状」を持つ身だったことがわかってくる。

ここまで読んでも、まだまだどう転ぶかわからないお話。最後まで行った時、誰もが「何を読まされていたのか」に驚愕必至。今年上半期のミステリー、早くも私のナンバーワン!
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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