【第134回】間室道子の本棚 『かがみの孤城』辻村深月/ポプラ文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『かがみの孤城』
辻村深月/ポプラ文庫
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本屋大賞受賞作『かがみの孤城』が文庫化された。

かがみはひらがな。他の辻村作品に『ふちなしのかがみ』があるが、不安定さがあり、ぐにゃりと曲がり、必ずしも真実だけを映さない。ひらがなのかがみには、そんなイメージが湧く。

孤城は音だけだと「古城」を思いがちだけど、孤独の孤を使う。本書の冒頭に辞書の引用が載っており、
【孤城】
① ただ一つだけぽつんと立っている城
② 敵軍に囲まれ、援軍の来るあてもない城
この二行でもう泣きたくなった。

ぼろぼろのあばら屋が一軒、という風景も寂しいけど、取り残されたようにお城があり、まわりは敵だらけ。それでも毅然として、城は立ち続ける―そんな眺めのほうが、悲しく胸を打つ。

主人公は、中学一年生の女の子・安西こころ。彼女はあるできごとから、四月に入学してすぐ、学校に行けなくなった。

口を閉ざす娘に対し理解のある母親だったけど、その母からも見捨てられた気持ちになった日の夕方、自室の大きな鏡が光り出し、手を伸ばすと、なんと体が入った。そこはお城があり、ほかに六人、子供がいた。全員中学生。こころは直感する。この誰もが、学校に行っていない子だと。

彼女は昼間の時間を向こう側で過ごすようになる。最初はみんなの顔色をうかがってしまうが、いろいろと発見があった。

たとえば、中学三年の女の子アキを何と呼んだらいいか迷い、こころは「アキ先輩」と言う。同じ学校じゃないのに。部活でもないのに。でも彼女は笑いながら、「こころはかわいいなあ」と距離をつめ、呼び捨てにしてくれた。

さらに中三男子のスバルが、鏡の世界の支配者である「オオカミさま」を差して「彼女」と言ったのを見て、「大人な男の子だなあ」とこころは思う。狼の仮面をかぶり、小さな女の子がピアノの発表会に着るようなドレスを着て、だいぶ年下らしいのにみんなを威圧してくる謎の存在に、スバルはひとりの女性を前にするように敬意を払っている。あるいは油断なく、少し距離を取っているのだ。

今のこの国の「学校通学」にはこだわらないけれど、少年少女に人との付き合いを学ばせてくれるのは、やっぱり同年代なんだなあと思った。

さらに、「加害者意識のなさ」が読みどころ。『かがみの孤城』は、「いじめがテーマの作品」と紹介されることがあり、たしかにこころは被害に遭った。でも、「いじめの小説」と言われたとたん、人の頭に浮かぶ、いじめる側のイメージ、学校側のイメージ。本書はそんなありきたりのものではない。

傷つけた者たちには自覚がない。開き直りではなく、あれはひどいことだという意識がこれっぽっちもないのだ。よって、何が悪いのかわからないまま「反省してる」と言い、担任に書けと言われたから書いた変な手紙をこころに寄こす。そんな加害者を先生は「明るい責任感の強い子」と評価し、こころに「返事を書いてやれ」と言うのだ。なんだこの、とんちんかん!いかにも悪者の先生とクラスメートより、この淡々とした気持ちの通じなさは怖い。

この小説には、だから「いじめ」という言葉はいっさい出てこない。辻村深月さんにお聞きしたところ、そこはすごく意識した、とおっしゃっていた。またその場にいた作家の宮内悠介先生は、本格ミステリーのお手本のような小説、と『かがみの孤城』を大絶賛した。

冒険物語であり、この国の少年少女が直面している社会小説でもあり、ファンタジーでもあり、宮内先生が言うように謎解きの魅力に満ちたすばらしく大きなミステリーでもある。文庫化でさらに多くの人が手に取ってくださることを望んでいる。
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、電子雑誌「旅色 TABIIRO」、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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