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【第137回】間室道子の本棚 『つまらない住宅地のすべての家』津村記久子/双葉社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『つまらない住宅地のすべての家』
津村記久子/双葉社
※画像をクリックすると購入ページへ遷移します。
 
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タイトル通り、舞台は凡庸な住宅街。このありきたりな町に、「女性が刑務所から逃げ出し、このあたりに向かっているらしい」というニュースが舞い込む。で、先月から自治会長になったある家のお父さんがはりきっちゃったことから、物語は転がり始める。

「はりきり」の裏には事情がある。まず彼は口が達者。なんでも小器用にこなす。家庭内においても戦略家で、自分の思い通りに家族を動かそうとする。悪い人ではないが、一言でいうとウザい。それで妻がある行動に出た。結果、彼は時間をもてあまし、さびしいのだ。というわけで、中学三年生の一人息子を巻き込みつつ、「地域の人と協力して、夜通し見張りをしよう」と思いついた。うわあ、ウザい!

折しも町内の二つの家では、不穏なことがたくらまれていた。また、犯罪ではないんだけど、路地の真ん中の家の長女はまだ小学生なのに、日々押しつぶされそうになって生きている。お話の後半、のっぴきならない目に遭い、道端にいる彼女を見て、れいのウザイお父さんは「何があったかだとか、これから何があるかといった文脈はすべて取り払って、子どもはこんな顔をすべきではない」、ときっぱり思う。がんばれ、お父さん!

角の家はとても大きい。隣が空くと買い上げ、無理やりつなげて一軒に。それを二回やったからだ。でも三家屋ぶんに住んでいるは六人で、ここの家族は夜外を歩く人のための門灯を点けない。一方花のプランターと間に合わせの花壇で周囲を飾りまくっている。道行く人を楽しませるためでないことは、全体の三割が枯れているか発育不良であることからわかる。丹精込めてではなくやけくそ。豪奢ではなく異様。この家で、なにが?

さらに、才能はあるが人の心がわからない女子学生に振りまわされる大学教員夫婦のおうちあり、年老いた母と暮らす三十六歳の独身男性あり、全部で十軒、脱走事件が図らずもあらわにする、「つまらない住宅地」の奥底・・・。

たくさんの人が出てくるのね、そんなに覚えられるかな、と思うかもしれないが、心配ご無用。「ええと、この人だれだったかしら」こそが、郊外における近隣の人の真髄だからだ!はじめに家の並びの地図と住人表があるから、ちょいちょい立ち返って読み進もう。

素晴らしいのは、「住民が一致団結して悪に対抗」という話ではないこと。結果として、女性逃亡犯がご町内の皆さまを救っていくことになる。やってはならないことをたくらむ二軒の回復も読みどころで、「癒しの話」って、「かわいそうな人が傷から立ち直る」とか「人でなしが罪の果てに猛反省」とかが描かれがちだが、本書では今にも悪いことをしでかしそうな人が、何かに気づき、自分を整えていく。すごく新鮮。

そして従来のお隣さん小説にありがちな、なれ合いや甘えがないのがいい。お願いごとにはちゃんとお金を出す。これに「牛すじの煮込み」が付く。三千円は対価だ。煮込みは隣人愛だ!

お金は払いますよ、と作業を頼むことは、家族や友人、恋人にはないだろう。また「今月は給料にポテトサラダが付いていた!」は会社にはないだろう。「ご近所」という独特の関係がスリリングに、おだやかに描かれた傑作。また、女性はなぜ脱獄したか、動機はいつ発生したかにミステリー的な要素もあって、小説としてのうまみがすごい。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、電子雑誌「旅色 TABIIRO」、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。
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