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【第140回】間室道子の本棚 『エレジーは流れない』三浦しをん/双葉社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『エレジーは流れない』
三浦しをん/双葉社
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本書のテーマは「男って、バカね」である。言われるのは男子高校生。言うのはもちろん女たちである!

中高年の男たちは若い同性に「バカ」と言わない。おじさんたちというものは基本、男子高校生と同じだからだ。彼らは若者への「バカだなあ」を、「わかるなあ」あるいは「元気だなあ」に脳内翻訳する。

女性は小学生中学生の男の子には「バカ」と発しない。心底傷つけてしまうかもしれないからだ。男子大学生にも言わない。大学入学後の彼らは「社会に出ていくオレ」というプライドやら自意識やらでコーティングされており「バカと聞こえたが何か?」とスカす技術を身につけているからだ。おじさんたちもNG。面白いリアクションが期待できないもん。

よって女たちがのびのびこの言葉を言えるのは、男子高校生に向かってだけなのである!本書にも、「バカじゃん」「あんたバカね!」「ばかねえ、あんたたち」がそこそこに。言われた彼らはびっくりしたり反省したりぽかんとしたりふてくされたりしてこちらを楽しませてくれる。素敵なコール&レスポンス。

舞台は餅湯町。名前からもわかるとおり温泉街である。主人公は高校二年男子の怜で、仲間である野球部の竜人、サッカー部の心平、美術部の丸ちゃん、老舗旅館の息子・藤島たちとの日々が描かれる。

修学旅行先の唐津で地元高校生ともめた時、竜人が喧嘩相手を駐車場裏のトイレに連れて行き何を見せようとしたか(皆さんの想像より下品です)、お弁当を食べ終わった心平の第一声が「腹へった」であるなど、思う存分「バカだなあ!」が発射できる青春ユーモア小説なのだが、読みどころは怜の奥底だ。

ふつうこの手のお話は、主人公のここぞ、というシーンで、明るさや音量が二割増しぐらいになる。でも本書では怜のそういう場面で、時折なんかへんな感じになる。それは物語の冒頭で彼が見ている夢と関係している。

プロになれるかを置いといて、竜人と心平は部活に打ち込んでいるし、丸ちゃんも美大を目指しスケッチをかかさない。藤島は旅館の跡取りとしての自覚がある。怜には将来やりたいことや目標がない。一緒にいて楽しいが皆との差を感じている。

彼には母親が二人いるのだ。ふだんは商店街で土産物店を営む、"ぎりぎり三十代"の「おふくろ」寿絵と暮らしており、毎月の第三週だけ、東京から餅湯町の高台の豪邸にやってくる「お母さん」伊都子と過ごす。彼女は大会社の社長で五十代後半だ。

たとえば「クリスマスの夕食が焼鮭、目玉焼き、ワカメの味噌汁」VS「室内に三メートルのツリーが立つ。正月にはデパートのエントランス級の門松が玄関に。聖夜のメニューやおせちは推して知るべし」―あまりに違うふたつの家。

女の子だったら自分の存在をドラマチックに高め、物心がついた時点で「ママが二人ってどゆこと?!」と説明を迫ったであろう。怜は高校二年になっても聞けない。寿絵と伊都子を比べたくないと思い、生みの親はどっちだったらいいかなんて気にしないようにしてきた。でも「己に言い聞かせながら暮らす」は安定した日常ではない。

あと、ふつうはまず自分の思いがあり、そのあとに出来事が起きるが、怜の場合は出来事が起きて初めて、「俺はこんなふうに思っていたんだな」とわかる。

たとえば通知表を見てにこにこする寿絵を見て「俺はおふくろに褒めてほしかったし喜んでほしかったんだ」と思う。進路について伊都子に聞かれ、「学費のこと?それなら払うわよ」と言われて、自分はもうちょっと勉強したいと願っていたんだ、と気づく。彼にはこんなシーンが多すぎる。

土台がないと、未来は見れない。将来を語るのに皆は先を見るけど、怜には自身の底をさらう必要があるのだ。なぜ母が二人なのか、父親はどうしたのか、自分はどこから来た何者なのか。

でもできない。なぜなら、怖いからだ。

怜はばかだなあと思った。寿絵も伊都子も「お土産屋とお屋敷を比べた」「実の母はどっちだったらいいか想像した」ぐらいで傷つくような人ではないのに。安心して、心をぶつけていいのに。怜はかわいいなあ、とも思う。年上女性が高校生男子に思う「ばか」は「いとおしい」に変換できるのだ。

今何が怖いですか、と聞かれたら、皆、感染とか不況とか言うと思う。でも、私たちはいつから、「自分はどんな人間でどんなふうになる」について、悩まず、考えず、自信満々になったんだろう。

本書は愉快な高校生活を送ってきた人が楽しく読めるとともに、「怜みたいに母親が二人とかではないけど、高校の頃未来が不安でしょうがなかった」という人も広く共感できるだろう。「怖い」という若い気持ちは、吹っ切るのではなく、長く大事にしてもいいんじゃないかと思う。

怜の場面で時折へんな感じになる、と書いたが、物語のある時点から彼自身も、仲間や商店街の人たちに「??」という気持ちを抱く。それは何なのか。また、母二人の秘密とは。いろいろと、乞うご期待!土器も出てくるよ!!
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、電子雑誌「旅色 TABIIRO」、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。
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