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【第139回】間室道子の本棚 『小説8050』林真理子/新潮社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『小説8050』
林真理子/新潮社
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年金暮らしの高齢な親に引きこもりの中年と化した子供がいつまでも寄生する「8050問題」をテーマにした傑作小説。

歯科医をしている五十代の正樹と専業主婦の妻・節子には二十歳の息子・翔太がいる。親の期待に応えて中高一貫の有名男子校に合格したが、中二で不登校になり部屋から出なくなって七年。息子の気配を感じながら息をひそめて暮らしていた夫婦はある日、近所で「8050」の典型的な末路を目撃する。

「あれって、うちの三十年後の姿なのよね・・・」とつぶやく節子を正樹は「考え過ぎだろう」といなすが、翔太の五つ上の姉・由依の結婚話を機に、一家は本格的に崩壊し始める。

お話は男女ですいぶん感じ方が違うのではないかと思う。男性読者は、夫の行動に不安を言い立てる節子に「世間知らずなのに頑なだ」といらだつだろうし、弟をどこか遠くへやってほしいと「移送サービス」のパンフレットを持ち込む由依に「なんと冷酷」と憤慨するだろう。

でも正樹の圧倒的正しさの裏には「家族は俺の言うことを聞いていればいいんだ」という傲慢さがなかったか。思うようにことが進まなかった時、すべてを周囲のせいにして来なかったか。

また彼は、結婚相手に弟の現状をひた隠しにしている由依に「ちゃんと言えばいいじゃないか。引きこもりなんて、今、日本全国に百万人だかいるんだぞ」と言った。でもかつて自分の父親に起きた、それこそ今どき珍しくない事態については節子に「絶対に近所の人たちに気づかれないように」と命じた上、すべてを彼女に丸投げにした。そしてその後、妻が何度も訴えた危機を信じようとしなかった。男性読者は「男のあるあるだよなあ」と同情するかもしれないが、女性は正樹を許さないだろう。

ほかにも、親である自分ではなく翔太が他者に秘密を打ち明けたと知った時の嫉妬めいた感情や、「子供の教育なんて、母親の責任だろ」「専業主婦は恵まれた立場」という現代のNGワード連発など、父として&夫としてのダメさ加減が噴出。

今までの引きこもり小説は当人の立ち直りが描かれてきたが、本書は「お父さんはどう直るか」が読みどころ。「ちょっと良くなったかと思うと声を荒げて逆戻り。現実を見ようとせず、家族に暴言を吐き、ついには暴力。そして孤独」というのは翔太だけでなく、正樹にも当てはまるからだ。

さまざまな登場人物の中で、私が面白いなと思ったのは姉の由依だ。ある時から両親が弟中心になる中、彼女は努力を重ねて早稲田に入り、一流企業に就職し、家を出て独立し、いいお相手にもめぐり合えた。大学時代、引きこもった弟のために友達を家に呼べず、いろんな陰口も叩かれた彼女は、もう自分の行く手を誰にも邪魔させない、と愛する人との結婚に向けて猪突猛進。

で、あまりに優秀な女性は、我が国ではいまだに会社や組織、社交の場で浮いたり引かれたりしがちだが、家庭内も同じ。ひとり息子がああなった今、ひとり娘は我が家の誇り、と思いつつ、女というものに可愛げを求める正樹は由依を「冷たい」とか「狡猾」と形容するのだ。でもそんなことはなんのその!

なたを持って人生の藪を掻っ捌くように進む由依は、私には残酷というよりどこかユーモラスに映った。「翔太はちょっとした人生の休息をとっているだけ」と七年間ぬるい考えにひたっていた父に、「あの子は災難」「爆弾」ときつい言葉を繰り出しながら劇薬めいた提案する彼女には「育ちのよいお嬢さん大爆発」の素っ頓狂さもある。で、この娘も「直る」し母・節子も「直る」。引きこもりには一家まるごとの回復が必要なのだ。由依の最後の「飛び方」にも大注目ですよ!
 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、電子雑誌「旅色 TABIIRO」、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。
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