【第145回】間室道子の本棚 『ムーンライト・イン』中島京子/KADOKAWA

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『ムーンライト・イン』
中島京子/KADOKAWA
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高原地帯の雨の夜、自転車で旅をする三十五歳の青年・拓海がペンションと間違えて転がり込んだ大きな家には、高齢男性一人とわけあり女性三人が住んでいた!

車椅子で生活している八十過ぎのかおるは何を警戒しているのか。彼女と屋敷の持ち主である七十代の虹之助の過去。料理人として腕を振るい、かおるの介護もしている中年女性・塔子の恐ろしい秘密。マリー・ジョイは絵に描いたようなフィリピンの元気娘だが、皆には言っていない「ここに来た理由」がある。さらに図らずも居候となった拓海が抱える屈託とは。

それぞれが背負っている家族の難しさと、「年齢も立場も違う他人」というためらいを乗り越え手を伸ばし合う五人の心模様が読みどころ。マリー・ジョイが拓海に、「わかっちゃった。あなたもムーンライト・フリットでしょ」と歌うように話しかけるシーンが印象的で、この言葉は英語で「夜逃げ」を差す。彼らに共通するのは、何かから逃げている人、または誰かを目指して来た人、ということ。正々堂々や正面突破では自分が壊れてしまう。抜き足差し足忍び足の人生だってあるのだ。

女性三人は「この国の男というもの」の横暴さで深く傷付いている。塔子の恐怖の裏にあることだが、日本の男性には「己のお相手をしてくれる人物との関係しか作ったことがない人」がいる。そういう話を聞いたことがある方、日常で目撃した方も多いと思うけど、彼らは「自分に言い返してこない人」を見つけ、しなだれかかったり高飛車に出たりする。そして抵抗されると、権利を侵されでもしたようにキレ出すのだ。

また息子って、父親が母親を扱っていた態度をそっくり受け継ぐことがある。大腿骨を折った時、かおるが今は亡き夫、そしてそのコピーのような息子に何をされたか。「こんなことが?」と胸が痛くなりつつ、クエスチョンマークは容易に取れ「こんなことはある」とゆっくり深くうなずく女性は多いと思う。もっと残酷なのは、当の息子がそれをすっかり忘れていることだ。

一方若きマリー・ジョイの事情を知った心優しき拓海と虹之助が日本代表みたいにすまない、申し訳ない、とうなだれるシーンは、ちょっぴりコミカルかつ心に沁みる。

いつしか皆は虹之助の家を「ムーンライト・イン」と呼ぶようになる。希望を語るって「お日様の下で!」というイメージだけど、異色のシェアハウスのこの先を、月の光でやさしく照らし出すような味わいがたいそう魅力的。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、電子雑誌「旅色 TABIIRO」、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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