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【第149回】間室道子の本棚 『スケルトン・キー』道尾秀介/角川文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『スケルトン・キー』
道尾秀介/角川文庫
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2010年代半ばから「サイコパス」という言葉が巷に広がりはじめた。それで、むやみやたらと前に出てその場を異様な空気にしてしまう人を「サイコ芸人」と呼んだり、映画やテレビでにやにやしながら暴力をふるう役を見て一般の人が「あれってサイコパスじゃん」と言うになった。でもこれでは1960年の恐怖映画で皆が得た「異常なことをする人=サイコって呼ぶ」の延長にすぎない。

2015年刊行の脳科学者・中野信子さんの大ベストセラー『サイコパス』(文春新書)によれば、他者に対する共感や痛みを認識する脳の働きが一般人と大きく違い、彼らは恐怖や苦痛を感じないという。また猟奇的事件を起こす人ばかりではなく、大企業のCEO、政治家、医者など、おびえることなく大胆な決断をしなければならない職業の人にこの気質が多いとわかってきたそうだ。ネットで「サイコパス 著名人」で検索すると、真偽はわからぬがあの「世界一有名な聖母のごとき人」も名を連ねている。過酷な地域をたずね歩き人々に手を差し伸べ続けた彼女に、たしかにひるみやためらいはなかった。

中野さんはこの文庫『スケルトン・キー』の巻末解説も書いているので読んでいただきたいが、サイコパスに無策の衝動やどろどろした情熱はない。言葉が広がったぶん誤用も増えてると思う。あと先考えず前に出ちゃうタレントは「挙動不審」か「自己中心」だし、「ひひひ、どうだ、痛いか」的な人は「サディスト」、相手の苦しみをずっと見ていたいために残虐で手の込んだゲームを仕掛けてくる人は「変態」または「快楽殺人者」であろう。

サイコパスの生態はそんなもんじゃないんだよ、というのを皆、『スケルトン・キー』を読んで勉強してもらいたいのである!

本書は道尾作品初の「バイオレンス小説」。殴る蹴る踏む刺すがいっぱい出てくる。でも、古今東西のどんな作品にもない読み味で、すごく不思議な仕上がりとなっている。

主人公の錠也は十九歳のサイコパス。児童養護施設で育った後、週刊誌記者にスカウトされ、タレントの尾行やヤクザがらみのマンションに侵入など、やばい仕事で生計をたてている。彼は恐怖を感じないのだ。

物語が始まってすぐ、錠也がバイクを飛ばすシーンがある。「タクシーの左脇をすり抜けて交差点に突っ込んだ瞬間、右前方から軽トラックのヘッドライトが迫ってきた。(中略)このままだと確実にぶつかる。バイクをさらに下へ押し込み――もっと押し込み――スピンする直前に勢いよく車体を立て直す。ダウンジャケットの左袖が軽トラックの荷台をこすり、千切れた生地の内側から白い羽毛が飛び散る」。

これを読んでも「大残酷」とは思わないでしょう。『スケルトン・キー』の暴力描写はこのシーンと変わらないのである。硬質で、速い。乾いている。

また、私がもっとも注目するサイコパスの特徴は「損得勘定に長けている」。彼らは無駄なことはしない。だから基本、一撃必殺である。

「僕は右手に握った瓶を振り抜いた。男の顔面が横向きに吹き飛び、全身がぐるんと回転して床でねじれ、そのまま動かなくなった。いや痙攣しはじめた。」――こんな描写が続くが、長い暴力ではなくスローモーションであることがわかる。そしてなぜか「痛そう」と感じない。手を振り上げた角度や拳を振り下ろした衝撃、叫び声の大きさなどは描かれるけど苦痛は書かれない。そして錠也に勝ち誇りはない。

なぜなら、彼はサイコパスだからだ。己のダメージを発信せず、相手の怯えや痛みに反応しない。もし共感するなら、自分と分かちがたい人物に対してだ。

本書には一カ所だけ、「激痛」という言葉が出てくる。この人物は誰か? 強烈なオドロキが待っている快作!
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、電子雑誌「旅色 TABIIRO」、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。
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