【第152回】間室道子の本棚 『アンソーシャル ディスタンス』金原ひとみ/新潮社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
* * * * * * * *
 
『アンソーシャル ディスタンス』
金原ひとみ/新潮社
※画像をクリックすると購入ページへ遷移します。
 
* * * * * * * *
 
「コロナは世間に似ている。人の気持ちなんてお構いなしで、自分の目的のために強大な力で他を圧倒する。免疫や抗体を持った者だけ生存を許し、それを身に付けられない人を厳しく排除していく」

ああ、これだ、と思った。コロナ禍であらわになったのは未知のウイルスの恐怖ではなく、私たちのひどさだった。今気づいた!ではなく、見て見ぬふりをしていたことが出ちゃった感じ。

そんな読み味の五編が収録されているのが本書である。どのお話も、女性主人公がぐん!とあらぬ方向に力を入れ出すのが共通している。

たとえば「デバッガ―」では十一歳年下の部下と恋仲になった三十五歳の女性上司が美容整形にのめり込んでいく。こんな顔では太陽の下でデートできないとか、キスで顔を近づけた時毛穴が最悪という思いが膨らみ、次から次に手を出し、術後の腫れが引かないため言い訳をひねくり出して彼の誘いを断ったりする。自分を救うために彼女が取った行動とは?

表題作の「アンソーシャル ディスタンス」は、死にたい願望がある女の子と、嫌だ嫌だと思いながらも本心を隠すことができ、学校、家庭、就活における人間関係を無難にこなして来た男の子の恋のお話。あと少しで好きなバンドのライブに行ける――それだけを生きがいにいろんなことを我慢してきた二人は、コロナ蔓延での公演中止に打ちのめされる。最初「テロ」を考えるが、計画を切り替えた彼らは江の島に向かう。

鬱になった恋人との生活を乗り切るため、あるものに手を出す人もいれば、夫とうまくいかず不倫が救いになっていたのに、相手に振り回される不安から逃れるためにまた、という人もいる。ウイルスが怖くて一人でできるよう、恋人との性行為をスマホで撮りまくる女もいる。

変な方に逃げないできちんと問題を見据えるべき、という感想を持つ読者もいるだろう。しかし、「でもそれは無理だった。どうしても無理だったのだ」「人の中には、心と体とそれ以外にブラックホールのようなものがあるのだろうか」と主人公たちは悲鳴をあげる。

「向き合って、言葉にして伝えて」を放棄し始める者が激増してると思う。なぜなら私たちが生きているのは政治家が意見を言わない国で、それは責任を取りたくないからだ、と知ってるから。うすうすわかっていたことが、最低の形で露呈してるから。

そして私たち自身、なんて差別に走りやすく、口をつぐみやすく、忘れっぽいんだろう。もう誰も「Go Toってどうなったんですか」と言わない。車に「ナンバーは県外ですけど県内在住です」というシールを貼って走ってたことも、「安心安全な五輪」も「ワクチン一回で一次的な免疫」も、”ああ、そういうのもあったねえ”の屍が累々だ。

「負けっぱなしでウイルスに感染せずとも死にかけている私のような人間の気持ち」

「死後の世界なんて信じてないけれど、Googleフォトに閉じ込められた画像は永遠に存在し続けるような気がする」

(ライブの中止を聞いて)「なんか、自分たちが葬られたような気がして辛い」

本書からはこの国のあちこちで上がり始めた絶叫が聞こえてくる。「メッセージを受け取る」なんてもんじゃない。女たちの心臓がねっとり焼けていくねじれた熱さに顔面を炙られる。そんなハードな読み味。最高。
 
* * * * * * * *
 
 
 
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、電子雑誌「旅色 TABIIRO」、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

SHARE

一覧に戻る

STORE LIST

ストアリスト