【第165回】間室道子の本棚 『虚魚』新名智/KADOKAWA
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『虚魚』
新名智/KADOKAWA
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「誰にでもデビューはある。でも"この人の一作目"ではなく"デビュー作"という言葉の鮮烈さを持って世に出る作品は少ない。」と第62回、佐々木愛さんの『プルースト効果の実験と結果』で書いたが、それ以来の「これぞその称号にふさわしい!」とシビれた本に出くわした。ジャンルがホラーミステリなのだからなおうれしかった。先回の辻村深月さんの『闇祓』で書いたように「なにかの増量ではなく、角度を持った恐怖」をつくるのは難しいのだ。
「虚魚」は「そらざかな」と読み、①「釣り人が自慢のために、釣り上げた魚の数や大きさなどを、実際よりも大きく言うこと。また、その魚」②「(主に釣り人同士の)、話の中には登場するが、実在しない魚」という解説が冒頭にある。おお、怪談を差しているようでもあるな、と思った。
主人公は二十代後半の怪談師・丹野美咲。彼女は「人が死ぬ話」を探している。ある物を粗末にしたら死んだとか禁忌の場所に立ち入って急逝とかいうやつ。それを使って、あることがしたいのだ。
そして同居人のカナちゃん。年若いこの子は身元不明の自殺志願者で、行き倒れていたところを美咲に助けられ、以来一緒に暮らしている。理由は明かされなかったが自分を拾ってくれた女が物騒な怪談を集めていると知ったカナちゃんは、実験台になると言う。
たしかに、「使用目的」がある美咲が「これをすると死ぬ」を自身で試すわけにはいかない。だからカナちゃんが山奥の人形儀式の場を荒らしたり丑三つ時に不吉な紙の箱を組み立てたりと凶の発動をいろいろやる。美咲が立ち合い、記録する。こんな奇妙な同居生活が続いているのだ。
そんなある日、カナちゃんが「釣ったら死ぬ魚」の話を聞いて来た。
怪談オタクの大学院生で元恋人、現在は調査員めいた存在である昇(恋の終了後、この年下男は初期設定に戻り、元カノを「丹野さん」と名字で呼んでいる。このへんのキャラ付けが絶妙!)とともに、美咲はその魚が釣れたという静岡の漁港に向かう。
面白いのはこれが「動く怪談」であること。怖い話には二種類あり、ひとつは館とか廃墟とか、場所が固定のタイプ。もうひとつは怪異を追ったところ別な場所に端を発していたとわかり、そこへ行くと実はその前に、というふうにルートを持つタイプ。私は後者が好き。
魚は川魚だったらしい。そしてそれは人間の言葉を・・・。
もうそそられっぱなし。美咲を引っ張り込む不気味な魚の話と同じパワーをこの物語じたいが持っていて、私たちは釣り上げられたも同然だ。ところどころに笑いがあるのもいい。おそらく作者は書いていて怖かったのではないか。
本書の新名智さん、会社員かなんかの本業が終わったあと、たぶん夜中にこつこつ「人が死ぬ話を探す女と呪いや祟りで死にたがっている女の話」を執筆していたのだ。「紫の車掌」とか「右腕の骨だけ二本入っていたお墓の話」とかのワードもちりばめられる。うう、いったん弛緩したい、と「田中要次」「サブちゃん」「フードコーディネーター」などの言葉をお札のようにかましながら初々しく突き進む新名さんのお姿が思い浮かぶのである!
美咲とカナちゃんが本当に欲していた怪談、呪いはなんだったのか。あきらかになる時、目と胸の奥が熱くなるだろう。
フレッシュな第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞<大賞>受賞作。
「虚魚」は「そらざかな」と読み、①「釣り人が自慢のために、釣り上げた魚の数や大きさなどを、実際よりも大きく言うこと。また、その魚」②「(主に釣り人同士の)、話の中には登場するが、実在しない魚」という解説が冒頭にある。おお、怪談を差しているようでもあるな、と思った。
主人公は二十代後半の怪談師・丹野美咲。彼女は「人が死ぬ話」を探している。ある物を粗末にしたら死んだとか禁忌の場所に立ち入って急逝とかいうやつ。それを使って、あることがしたいのだ。
そして同居人のカナちゃん。年若いこの子は身元不明の自殺志願者で、行き倒れていたところを美咲に助けられ、以来一緒に暮らしている。理由は明かされなかったが自分を拾ってくれた女が物騒な怪談を集めていると知ったカナちゃんは、実験台になると言う。
たしかに、「使用目的」がある美咲が「これをすると死ぬ」を自身で試すわけにはいかない。だからカナちゃんが山奥の人形儀式の場を荒らしたり丑三つ時に不吉な紙の箱を組み立てたりと凶の発動をいろいろやる。美咲が立ち合い、記録する。こんな奇妙な同居生活が続いているのだ。
そんなある日、カナちゃんが「釣ったら死ぬ魚」の話を聞いて来た。
怪談オタクの大学院生で元恋人、現在は調査員めいた存在である昇(恋の終了後、この年下男は初期設定に戻り、元カノを「丹野さん」と名字で呼んでいる。このへんのキャラ付けが絶妙!)とともに、美咲はその魚が釣れたという静岡の漁港に向かう。
面白いのはこれが「動く怪談」であること。怖い話には二種類あり、ひとつは館とか廃墟とか、場所が固定のタイプ。もうひとつは怪異を追ったところ別な場所に端を発していたとわかり、そこへ行くと実はその前に、というふうにルートを持つタイプ。私は後者が好き。
魚は川魚だったらしい。そしてそれは人間の言葉を・・・。
もうそそられっぱなし。美咲を引っ張り込む不気味な魚の話と同じパワーをこの物語じたいが持っていて、私たちは釣り上げられたも同然だ。ところどころに笑いがあるのもいい。おそらく作者は書いていて怖かったのではないか。
本書の新名智さん、会社員かなんかの本業が終わったあと、たぶん夜中にこつこつ「人が死ぬ話を探す女と呪いや祟りで死にたがっている女の話」を執筆していたのだ。「紫の車掌」とか「右腕の骨だけ二本入っていたお墓の話」とかのワードもちりばめられる。うう、いったん弛緩したい、と「田中要次」「サブちゃん」「フードコーディネーター」などの言葉をお札のようにかましながら初々しく突き進む新名さんのお姿が思い浮かぶのである!
美咲とカナちゃんが本当に欲していた怪談、呪いはなんだったのか。あきらかになる時、目と胸の奥が熱くなるだろう。
フレッシュな第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞<大賞>受賞作。