【第166回】間室道子の本棚 『鳥と雲と薬草袋/風と双眼鏡、膝掛け毛布』梨木香歩/新潮文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『鳥と雲と薬草袋/風と双眼鏡、膝掛け毛布』
梨木香歩/新潮文庫
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本書は地名エッセイで、2013年と2020年刊行の二つのハードカバーの合本となっている。すべて著者が住んだり旅したりした場所で、足で書かれたエッセイであることがすごく伝わってくる。

平成の大合併で失われたものも多い。「消えた地名」を読んでいくと、もう死屍累々。「京北町」「栗野町」「稗貫郡」「武生」について、どういう場所なのか、どうしてこのような名前になったかが深く濃くつづられたあと、どれも「2005年に消滅」を告げて文章は終わる。鎮魂のかなしみと、「書きましたよ!」という敵討ちの激情を併せ持つ読み味である。

この後出てくる「新しく生まれた地名」の、梨木さんの静かなる憤懣も読みどころ。

住民投票の一位ではなく、「行政上層部のお気に入りっぽいものがちゃちゃっと付けられた」がこの国では起きがち。愛媛の川之江市、伊予三島市、宇摩郡土居町、新宮村の合併時には、得票トップの「宇摩市」を押しのけ、最下位の「四国中央市」になった。山梨の「南アルプス市」の言及の中にもあるが、地方のお役人はどうも「中央」という言葉が好きらしい。

消えた地名に戻ると、「稗貫郡」で産声をあげたのが宮沢賢治。寒さが厳しく飢饉もあったここで土壌研究や農業指導に尽力した彼の一生と、荒れた土地でも力強く根付く「稗」を有する地名がシンクロする。もし「中央郡」とか「ギャラクシー村」とかそういうところで生まれたら、賢治は賢治にならなかっただろうと思うのである!

地味なもの、かつての災いを思わせるものは変えたいのかもしれない。運命の2005年頃には「あれは稲作の代用であり、品種改良によって今岩手は米どころとなったんだからもういいじゃん」だったのかもしれぬが、令和の今、稗は「白米より栄養価が高いスーパーフード」として注目されているのである!!

京都にさえ変更や消失があるが、義経ゆかりの「血洗町」がまだある、と本書で取り上げられていた。「血なんてやぁね」にならない地元の皆さんのココロイキをあっぱれと思う。

あと、わたしの出身地には「要害」という町があり、そこに住んでいた同級生のゆうこちゃんに毎年年賀状を書いていた。で、自分の住所に"害"という字がつくなんて嫌だろうな、と思っていた。でも先日調べてみたら、「要害」は全国にいくつかあって、防衛上の要地という意味なのだそうだ。思えばふるさとは昔、大水害に二度襲われていた。ゆうこちゃんの家は川の近くで、ここが決壊したら終わりだぞ、大事な場所なんだぞ、という歴史を背負っていたのだ。誇りに思ってよい地名だったんだな、と大人になって反省している。

場所の名からは、そこでよく獲れたもの、見えたもの、方向、気候、事件などがわかる。地名って名前以上に教えなのだ。後ろに昔の人の知恵がある。

「冷水峠」の章に、「通る人がなくなると、道は消える」という言葉がでてきて印象的だった。「歩かなければ」と梨木さんは結んでいる。消えた地名は、すくなくともこの本にとどめられた。ページを開くたび、私たちは分け入る。読まねば、と思う。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、電子雑誌「旅色 TABIIRO」、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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