【第168回】間室道子の本棚 『N』道尾秀介/集英社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『N』
道尾秀介/集英社
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読んでる最中は読者にうまくスルーさせ、すべてがあきらかになった時、そういえば、と物語の肝がせりあがるのが道尾ミステリーの醍醐味。最近ではビジュアルを仕込んだ『いけない』『雷神』も刊行し、名実ともにトリッキーなお方だが、本書は造りからしてすごい。

6つの章が入っていて、どれから読むかは読者次第。バラエティーは、6×5×4×3×2×1。本書は1冊で720通りの物語が立ち上がるのである。「並び」を読み手に意識させない目次のレイアウトにうなるし、前後のつながりを感じさせないためにお話が1つずつ上下逆さに印刷されている凝りよう。集英社さんに、がんばりましたね!と拍手したい。

登場人物は少しずつ重なっていて、この人物の正体をわかって読むのか、この人にどんな運命が待っているのかを知らずに読むかで、受けとめ方が変わる。『N』は読書に「運」を持ち込んだ、世界初(たぶん)の作品なのである!

ただ、心に残るものがそれぞれあると思う。私にとっては少女と小さな箱が出てくるお話だ。

最初3番目に読んだのだけど、全編読み終わって「ああ、あれが最後じゃなくてよかった、締めだったらどえらいことになっていた」と思った。6つとも道尾作品の核である「取返しのつかなさ」を秘めているが、箱の章にはもう悶絶。

「悔やんでも遅いこと」は、もちろん主人公がしでかす。本人に諸事情がある場合はごく身近な人が「あとの祭り」を背負う。でもいずれにしろ、軽はずみとは無縁だ。

登場人物たちには用意周到に「しちゃいけないことをせざるを得ない状況」が設定されているのだ。ネタバレにならぬことを祈るが、れいの話の場合、まあ皆さん、「箱」って言われた時点でおわかりだろう、ようするにある人が開けてしまう。

で、その人物にはどういう過去があったか、何をコンプレックスとしていたか、傾倒していた著名人は誰だったか、物語の舞台はどこか。これが積み重なり、主人公は禁断に手を伸ばす。私だってそうすると思う。彼の痛みは私の傷。

一時、小説や映画にやたらとこの形容詞が使われたが、ある本によると、自分のいちばんの希望を自らの手で切ってしまう時、この言葉を使うそうだ。本書はほんとうに、切ない。

現在8つのバージョンを読んでおり、残り712。もちろん「箱」は最後にしない。でも、どういう順で読もうと、あの話に登場する少女やラストで全身が砂のように崩れていく感覚を味わっている人のことをずーーーーっと考えているのである。ナンダコレハ!?

私はあのような話が苦手だから、あれで終わらせたくないんだと思っていた。でも「いつも心が帰っていく」。これって、好きってことじゃないの?

『N』は私に自身の奥底を気づかせてくれた作品。または、他の作家のものはこれまでも、そしてこれからも、あのようなテイストはNGだけど道尾さんだけが「好きかも」を可能にしたということか。どっちにしてもすごーい。

皆様にもきっと、今までにはない読書体験が生まれると思う。おススメ!
 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、電子雑誌「旅色 TABIIRO」、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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