【第169回】間室道子の本棚 『四月の岸辺』湯浅真尋/講談社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『四月の岸辺』
湯浅真尋/講談社
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なかなか〇がこなくて、点が打たれて、物語が続いていく。長い時では1ページ半にわたってひとつの文章が続く。

文体にハマれるかどうかで評価がわかれると思う。こういう作品や作家はほかにもあったりいたりして、読みにくいものもあれば乗れるものもある。要は相性なのだろう。私は本書がすごく好き。

今は、男性だからこう、女性だからこうって言っちゃいけない時代になっていて、言い方がむずかしいんだけど、私の考えでは、この文体には「女性性」があると思います。言葉がとめどない。ひたすらの奔流。流れそのものが快楽。「オチがない」って言われることもあるけど、オチだけをめざす話ってどうなのよ!

ずいぶんと〇が打たれず同じことの繰り返しもあるこの文体は、語り手の心を「今」にとどめようとする作者のたくらみだと思う。

登場するのは、中学に入学したてでぶかぶかの黒の学生服に身を包んだ子と、森に住んでいる子。同じクラスで、どちらも「へんな子」という扱いを受けている。本書の語り手は、その時ふたりが傷ついたこと、ふたりで傷つけたことを、終わったことにしたくない。なまなましい痛みを乾かしたくないのである。そんな思いをあらわしたくて、作者はこういう書き方を選んだんじゃないかな。はじまりの文と終わりの一文が呼応していて、読み手の中でその先も続いていく物語時間の豊かさ、そしていたましさがある。

「誰もが無条件に備えているはずの美しさ、年齢だったり経験だったりに損なわれることのない、ひとがひとであることの絶対的な美しさ」「苦しさや悲しさをなめ尽くしても、なお失われることのない美しさ」――これをだいなしにしてしまうものはなんだろう。

併録されている「導くひと」は文体を変え、文章がえんえんという形態ではないけど、こちらも深夜営業のふぐ屋から山梨の村まで一気に読めた。集団の中で異物であることがいやなら透明人間になるしかないのか、という問いかけはこの中にもある。そしてタイトルどおりのようでいてこれは「もとめすぎる人」「待ちのぞむ人」の物語だとわかってくるのが魅力的。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、電子雑誌「旅色 TABIIRO」、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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