【第174回】間室道子の本棚 『黄色いマンション 黒い猫』小泉今日子/新潮文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『黄色いマンション 黒い猫』
小泉今日子/新潮文庫
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アイドルとしての華やかな道を書いたエッセイ集かと思いきや、綴られているのは残酷だったり心もとなかったりする思い出だ。

衝撃はタイトル。何を意味するのかは第1編にでてくる。心を痛める読者も多いだろう。そしてこれを本の題にする小泉今日子のただならなさ。

彼女はあの時代にかいた嫌な汗や、後悔、怖さを、書くことで今の自分にぶつけているのだ。どれくらい強くなったか、ためすみたいに。

あと読んでいて思ったのは、距離感がいいということ。たとえば、お母さん。

中二の時両親が別居したことからはじまる「真剣に親権問題」では、「母は」とか「母が」と書いている。この次の章は「ユミさんのお母ちゃん」というタイトルで、「ユミさんは横浜に住んでいた」が書き出し。誰なんだろう?と思いながら読むと、なんと。

当時の渋谷の東横線のホームは外の歩道橋と同じぐらいの高さだった。ふたりでお茶を楽しんだ後原宿に帰るキョンキョンは、電車を待つユミさんに歩道橋から手を振ることを思いつき、階段を駆け上がる。そこで。

「さっきまでお母さんの顔をしていたユミさんはまるで別人みたいだった。私が歩道橋の階段を上がるわずかな時間に女の人の顔になっていた。(中略)ユミさんは恋人と一緒に住んでいる横浜に帰っていくのだ」

そこから母親の恋や、もともと友達のお母さんたちと比べるとお母さんぽくなかったこと――喫茶店にマイカップがある、古本屋で『ドカベン』を全巻大人買いする、授業参観の日にいきなりショートのウィッグをかぶって現れるetcが、シンプルに描かれる。ウエットでも、自慢げでもなく。

「恋人がいるなんて嫌!」も「ふふっ、彼女はモテるの!」も、相反するようでいて「ユミさんをお母さんとして見ている」という点では同じなのだ。呼ぶ時は今までどおり「お母さん」だったかもしれない。でも「書く」という自分と向き合う作業の中では、「ユミさん」。

「お父さんの妻」から解放されたひとをキョンキョンは「私の母」からも解放する。ユミさんを思う時の真っ先は、「一人の大人の女性として素敵な人」だ。

本書の終りに近い「四月某日の手記」では、ユミさんから「さん」が取れる。こちらもたぶん直接呼び捨てを始めたのではなく、「文章」という時間の中で。

なにせ母・ユミ78歳、キョンキョンはまもなく50歳。「大人の女性としてあこがれる」ではない付き合い方が生まれてるのだ。ある小説の女性の登場人物のせりふで、「20歳と40歳は違うけど、40歳と60歳はもう一緒」というのがあった。「ユミ」とフラットに書くことで、同志みたい。女二人の自由さがここにある。

このほか、地元で三軒先に住んでいたリッチくん、芸能界の大人たち、岡田有希子、おそるべきマネージャー、能年玲奈、原宿に生息していたクリエイターたち、和田誠など、いろんな人たちとの距離感の絶妙さがたまらなく魅力的。

アイドルの役割って、たとえば松田聖子や中森明菜のようにノスタルジーを与えるか(わたしの考えでは、彼女たちの曲は新譜の時からなつかしく思い出されるための肝に満ちている)、きゃりーぱみゅぱみゅやPerfumeのように、近未来に連れていくか。つまりファンに、退屈で平凡な現実を忘れさせること。

でも小泉今日子は、いつでもリアルタイム。今だって悪くないよ、とチャーミングに笑ってみせる。名は体を表すとはよく言ったもの。そう彼女は小泉「今日」子なのだ!聡明でフレッシュな文体の、2017年講談社エッセイ賞受賞作。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、電子雑誌「旅色 TABIIRO」、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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